その前に、将士は、近郷の神社や民家から、多量な酒を狩り集めていた。そして今、義経の帰陣を迎えると同時に、満山の篝
を熾さか んにし、手に手に、杯をあげて、義経の将座を厚くとりかこんだ。 式の奉行をいいつけられた伊勢三郎が、真ん中へ出て、 「いざ、勝鬨かちどき
を」 と、音頭おんど をとった。 三度みたびど
ほど天地も震ふる うばかりな諸声もろごえ
を揚げた。── 杯を乾してから、もう一度 「わあああっ」 と、体ぐるみ、凱歌がいか
をはやして、踊りあった。 義経も、人びととともに、ぐっと土器かわらけ
の祝杯を飲み干した。 冷ややかな酒が、胃の腑ふ
へおちてゆくのがわかる。ほろ苦い香だけが舌の残った。 彼は、夜空へ顔をそむけ、眼まな
じりから垂れるものを、支えていた。 そして、遠くの星へ、 「── 世にいまさば、母の常盤どのは、義経の働きを、よくぞと、お賞ほ
めくださるであろうか否か。いやいや、悲しみこそすれ、およろこびはなされまい」 と、生ける人へ言うように、 「・・・・亡父ちち
義朝殿とておなじこと。亡父ちち
たりとて、今は、おなじ御仏みほとけ
なれば、これ以上、人を殺せ、弱き平家を、亡ぼし尽くせとは、思し召しあるまい。よも、それまでの悪鬼怨霊あっきおんりょう
であろういわれはなし」 と、、唇くち
のうちだったが、強く、 「軍いくさ
の途中、今さら弓を折ることもならねど、義経の弓矢を、今日よりは慈悲の矢とし、われに歯向かわぬ者なれば、平家のたれであろうと、苦患くげん
の底から世の明るみへ救い取らせてやろう。── そして一日も早く、この戦いくさ
を治めようぞ。それこそが、亡な
き父母への供養の第一」 と、ひとり誓った。 けれど、沸きたつ凱歌がいか
の上に立つ今宵の大将軍の姿を、たれも、そんな思いに傷いた
む人とは見なかった。 彼らは、酔うほどに、義経の座を取り囲んで 「おん大将のお流れを」 と、せはみ合い 「久しぶりにて、坂東歌ばんどううた
をお聞かせ申さん」 などと手拍子を合わせて、はしゃぎ、さらに 「殿にも、一期いちご
の御功名。今宵のみは、お過ごしあってしかるべし」 と、八方から酒壺さかつぼ
の口を向けた。 「おう、飲もうよ」 義経もまた、つぎつぎと受けては、杯をかたむけた。 彼の酒量は、戦陣へ出てから、ひところよりまた強くなったようである。 したたかに飲んだ末、楯の上に横たわると、義経も今夜ばかりは、やはて前後不覚な寝姿だった。
|