~ ~ 『 寅 の 読 書 室  Part Ⅴ-Ⅵ』 ~ ~
 
== 美 貌 の 女 帝 ==
著:永井 路子
発行所:文芸春秋
 
あ し び の 窓 (四)
── そうだったのか・・・
刀子娘にかけた期待を撤回するという事は、すでに祖母が文武を切り棄てているということではないのか。宮子にうつつをぬかし、男の子を産ませた文武を・・・・。さっき、「帝を守る」と言った時、眼を閉じて応えなかったのはかりそめのことではなかったのだ。死にひんしながらも、なお、肉親に対しても、祖母はきびしい姿勢を崩してはいなかったのだった。
「お祖母さま」
氷高は静かに言った。
「刀子娘に男の皇子みこが生まれましたら、私がお守りいたします」
せめて、文武に対する一抹の許しを得ておきたかったのだ。持統はかすかにうなずいた。
「そうしてください。むずかしいことですが。いえ、おのみち、私たちの行く道はけわしいのです」
ぼうっと遠くを見る眼になった。
「私たちの母も、私たちも、その中を歩んできました。そして、時にはからだいっぱいの非難も浴びました」
やがて瞳は氷高へと戻って来た。
「氷高よ」
「はい」
「悪評を恐れてはなりませぬ」
「はい」
「誓えますね、そのことを・・・・」
ひたとみつめる祖母の瞳の光を恐ろしい、と氷高は思った。病みほうけた人とは思えぬそのたけだけしさにひるみかけたとき、最後の力をふりしぼって、持統は言ったのである。
「私も多くの悪評を背負って生きてきました」
「・・・・」
「一度は壬申の時、父君を棄てて、わがつま大海人おおあま皇子に従いました。その皇子こそ、そなたのお祖父じいさまです」
「はい」
「人々は私を不幸者とそしりました。が、私はあえて、近江に残った異母弟おとうとと戦いました。そして二度目は」
「祖母の顔は苦しげにゆがんだ。
大津おおつ皇子を ── 姉上の子を私はあえて罰しました。そのことはそなたも知るとおりです」
持統の姉、太田おおた皇女は天武との間に、大来おおく皇女と大津皇子の二人をもうけていた。とりわけ才幹に恵まれた大津を、持統はその治世の初めに、謀反むほんを企んだとして死に追いやった。姉の子を冷酷に切り捨てたといわれる事件は、あまりに有名すぎて、それだけに誰も持統の前で口にすることを憚っていたのだが、死にに臨んで、持統はみずからそのことに触れようとしている。
「冷たい女と言われているのも知っています。それもみな、わが子を ── そなたの父君草壁のことですけど ── 位につけたいためだ、と言われていることも承知です。なぜ、私がそうしたか、わかりますか」
すでに祖母の声は聞き取りにくいほどかすれている。
「それはね、氷高、大津が山辺やまのへ皇女を妻にしたからです。山辺の母は蘇我赤兄あかえの娘、赤兄こそは、私のお祖父さまの憎い敵、兄弟でありながらお祖父さまを見殺しにした男なのですよ。その血を引く女が皇后きさきの位につくことを、私は許さなかったのです」
せさらばえた持統の手が、何かを求めているようだった。氷高が急いで握ったそのての爪は紫色に変わり、石のように冷たくなっていた。
── そうだったのか・・・・
氷高が初めて聞く話だった。髪ふり乱して夫に殉じた山辺への同情が高まる分だけ、我が身に投げつけられる批難が加わってゆくのに、祖母は一切抗弁しないで生きて来たのだ。
いつか晩秋の夕暮、母や長屋と共に、落日の異様な紅さの中で二上山ふたかみやまを見た覚えがある。そこに大津皇子が葬られているのを知っている氷高たちは、一様に視線を逸らせたものだったが、多分祖母は、生涯、眉根ひとつ動かさずに、山を眺め続けてきたに違いない。
なおもその乾いた唇はかすかに動く。うわごとに似た響きの中に、氷高は辛うじて祖母の言葉を読み取った。
「大家とは・・・・そうした・・・もの・・・・」
祖母の手を握る指先に力を入れた。それが祖母への誓いだと思った。
そう思いながらも、氷高の心は揺れる。
── 大家になるということは、長屋との愛を諦めるということだろうか。いいえ、そんなことは出来はしない。私はもう、あの方を愛してしまっているのだもの。それに・・・
自分が祖母のような人間でないことを日高は知っている。数々の難局を切り抜け、政治の大舞台でも、一瞬のたじろぎも見せなかった祖母 ── そんな力量が自分にあるとは思えなかった。
── 私にふさわしいのは、あの方のような一皇族の妻として、ささやかな幸福を守って行くことなのに・・・・
が、死の床にある祖母は、いま、重大な事を語ってくれた。文武と宮子を切り捨ててしまえば、いま残るのは母と自分と吉備 ──。とすれば、母を支えてゆくのは、自分しかないではないか。
眼を閉じると、長屋の面影が浮かぶ、そしてその面影がしだいに小さく遠のいて行く。
── ああ、皇子みこ
心ならずも、自分はあの方を裏切ることになる。
── あの方は責めるだろう。そして世の人々も・・・・
その時、氷高の耳許によみがえって来たのは、
「悪評を恐れてはなりませぬ」
きびしい祖母の言葉だった。長屋の面影は、闇の彼方に遠ざかってゆこうとしている。そして今、氷高は自分の頭上に、極北の星の輝きを感じている。
太上天皇持統が世を去ったのはその数日後、大宝二(七〇二)年、十二月二十二日のことであった。
2019/09/18