~ ~ 『 寅 の 読 書 室  Part Ⅴ-Ⅸ』 ~ ~
 
== 武 士 道 ==
著 者:新渡戸 稲造
訳:岬 龍一郎
発 行 所:PHP研究所
 
● 「五倫の道」により他の魂と結びつく
チュートン人は、女性への迷信的ともいうべき畏敬をもって、その種族生活を始めた(ドイツではもはや消えつつあるが)。アメリカ人は女性の数が絶対的に不足していることを痛感しながら、その社会生活を営んだ(今では女性の数が増えて、植民地時代の母親たちが享受した特権を急速に失いつつあるが)。つまり西洋文明においては、男性が女性に対してはらう敬意が、その道徳の主たる基準となったのである。
しかし、武士道の武の道徳においては、善悪を見分ける基準は別のところに求められた。それは、人間を己の崇高な德と結びつけ、そしてこの本の初めの章で述べた「五倫の道」によって他の人の魂と結びつくという義務の道理によって決められたのだ。この五倫を語る中で、私はすでに忠義、すなわち男同士の臣下と主君との関係については触れたが、それ以外の間柄については、折に触れて付随的にあつかっただけであった。というのも、武士道においては家臣と主君という関係こそ、基本的な関係だったからである。
それに対してそれ以外の関係は、自然の感情に基づくものであって、すべての人類の人間関係に共通するものであった。だが、いくつかの点では武士道の教訓によって、増幅されたものもあったかも知れない。
この点に関しては、男同士の友情にみられる特別な強さと優しさが思い出される。それは男と女が青年時代に別々に育てられるといった状況によって、一段と増幅し、神秘的ともとれる感情でしばしば兄弟愛の絆を生み出すことになった。西洋の騎士道においては、あるいはアングロ・サクソン諸国の自由恋愛においては、男女間の情愛の高まりはごく自然なことだったが ──。ギリシャ神話のダモンとピシアス、あるいはアキレスとパトクロスの物語の日本版を示すことは枚挙にいとまがないし、ダビデとヨナタンを結び付けていた絆さえ、武士道の逸話で語ることが出来る。
武士道の独自の徳目や教訓は、武士階級だけに限られたことではなかったが、このことは驚くには値しないだろう。その証拠に、武士道が日本人全体にあたえた影響を、次に考察してみよう。
2020/09/18