~ ~ 『 寅 の 読 書 室  Part Ⅴ-Ⅸ』 ~ ~
 
== 『女 人 平 家 (上) 』 ==
著 者:古家 信子
発 行 所:朝日新聞社
 
憧 れ の 洛 中 (三)
美濃六は平家武士団の一員になりたかったが、幼くて清盛の近習小姓になり、殿の身近に女も及ばぬほどまめやかに仕えるのを重宝がられて、そのまま、ついに弓矢の修業のいとまもなく、いま中年に及んで“装束筒”の閑職がついにわが生涯の終着駅と諦めると、せめて娘の婿には、たとえまだ下級の武士でも出世の見込みある若者をと望んでめあわせて、やがて娘は懐妊、平治元年十月に男児出産、祖父の六平太は小六と名づけて喜ぶ。
── その十二月に平治の乱が突発、反乱の将源義朝軍がいっとき六波羅の総門近くまで押し寄せると、それを一歩も近づけずと門内から雪崩なだれ出す軍勢の先頭にあって、娘婿は遠矢に射抜かれてこと切れた。
こうした戦乱がまぢかにあった最中に、六波羅館の奥では予定日より早く北の方から姫誕生、汐戸は若い侍女の頃に北の方の計らいで美濃六と結婚し、ひとり娘が手がかからぬようになると、また館へあがって奥勤め、この秋の娘やすの出産も母の汐戸が取り上げたので、その汐が産殿に付き添って産婆役だった。
その汐戸の娘も生後二ヶ月の小六を抱えて、良人は戦死の若後家となっている。
「汐戸、この戦乱のさなかで姫の乳母の用意も間に合わぬ時、そなたの娘も乳呑児を持つ・・・どうであろう。姫の乳母にとりあえず来て貰えまいか」
産室の北の方のこの言葉は、六波羅総門を守っての犠牲者の妻を、この際取りたてたいとの優しさと汐戸は涙の出る思いだった。
わが子には貰い乳をしても、姫のお乳の人になる栄誉に感激した結果、安良井はそれ以来ずっと典子の乳母となっている。
汐戸は姫おふた方の洛中見物を守って出かける大きな任務を負うたのを告げに、良人の泊まる雑舎に足を急がせた。
その建物の前の空き地で孫の小六が竹馬で遊んでいた。その当時の竹馬は笹付の竹の枝にまたがって走るのだった。
髪をのばして頸のうしろで白元結もとゆいで結び、白小袖にくくり袴で足の甲に太いきれの鼻緒を横にかけた、今のサンダルのような“緒太おぶと”という草履を素足に履いて笹竹の枝にまたがって走る彼のあとを、尾をくるりと巻いたこげ茶色の愛犬太郎がまつわりついて走る。
小六は祖母の姿をいち早く見付けて竹枝の馬で走り寄って叫んだ。
「おばば、唐菓子からくだもの!」
祖母が北の方から時折りたまわる貴重なものを孫へのみやげに持参するからだった。
「今日はありませぬ。急ぎの御用で来たゆえ。おじじはいられるかいな」
「コットンバッタンはた織っておじゃる」
小六が言うように、はたおさの音が」かすかに雑舎の中から聞こえる。それはたしかに汐戸の夫の美濃六が向かう、機台からのひびきだった。
彼は武術については縁がなかったが、手先の器用は生まれつき備わり、妻の汐戸が嫁入り道具に持参の織機を見て汐戸に習って覚え込んだ。“しと筒”役の非常勤のひまにまかせて彼は糸を染めたり織ったりして孫の衣料のも当てる。六波羅の館に詰めるとちがって西八条の雑舎では機織りでのんびりと日が送れる。
── 雑舎の外の遣戸やりど(引きちがい)を開けて汐戸は入口の土間から声かけた。
「まあ倦きもせいで助かるわ」
雑舎の内部は板敷に蓆敷むしろじき、当時の民間住宅と同じである。一隅の置物棚に巻物やら高坏たかつき折敷おしきがのせてあり、折敷には季節の果物が盛ってあるのも、汐戸が良人と孫へと運んだものだった。
その蓆敷のひと間の脇の板の間の明かり窓の傍に置かれた機台から降りて来た美濃六に、せき込むように汐戸は告げる。
「御奉公以来、思うてもみなんだ事をいたさねばなりませぬ」
と前置きして、西の対の姫二人をひそかにお連れして町中をお見せする大役を負うた報告をする。
「ホウ、それはいちだんと面白い御趣向よな。さすが北の方じゃ」
良人は驚きもせず興がる。
「わたしと安良井の乳母二人だけで付き添うのは心もとなかろうから、美濃六どのを警固の供にとの仰せじゃが、暇さえあれば機織りに精出すおひとでは、あまりたよりのうてのう」
「何を言う、わしも男じゃ、いざとなれば命にかけても姫をまもるわ」
美濃六は男の誇りにかけて大声をあげると、土間からもかん高い幼童の声があった。
「この小六も男の子じゃ、典姫さまの父兄妹よ、お供についてゆこうよ」
祖母のあとについて、彼は犬の太郎と共に笹竹を片手に土間に立っていたのだった。
「そのような小童こわっぱはお供どころか邪魔ものよ。連れてはまいれぬぞ」
祖母にしかられて、
「いやじゃ、いやじゃ、どうでも行く」
小六は泣き声だった。
2020/10/22
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