~ ~ 『 寅 の 読 書 室  Part Ⅵ-Ⅰ』 ~ ~

 
== 『女 人 平 家 (中) 』 ==
著 者:古家 信子
発 行 所:朝日新聞社
 
断 金 の 友 (三)
広元は久しぶりでわが生家の書庫脇の書斎に戻り、まもなく少納言局へ出勤もした。
三善家であたたかな家族的待遇をしばらぅ味わった身には、いまさらに生家の裏庭の一棟での孤独な生活が荒涼と思われる彼だった。
── その彼の口から三善康信の従妹雪との縁談が老父と異母兄へ切り出されると、それは何の障害もなく受け入れられた。
有名な三善清行の後裔の家系は大きな信用となって、大江家の三男坊のいまのところあまりぱっとせぬ広元には、まずまずの良縁と思われたからであろう。
広元がやがて結婚して生家から独立するについて、父は彼に小さな土地を贈った。
それは六条坊門北、町尻東のあざ千種ちぐさ殿という地の一部であった。かつて千種殿全部の土地を曾祖父匡房が購入して、小二条の私邸とは別に江家文庫と名付けた一大書庫を建設した跡を、匡房没後にその大半は売却されて、わずかに一隅が残されてあったのを広元が与えられたのである。
広元はわが所有となるその土地を身に行くと、長い年月を空地として放って置かれた地面には木賊とくさが一面に繁茂していた。
その枝も葉もない青い管状の細い茎が叢生して二尺ほどに伸び群がり、一度も刈らないので先が黄ばんで折れたものもある。この茎は物をさびを落すにも用いられ、爪の切口をととのえるにも使われて砥草とも言われた。
それが足先で踏み分けがたいほど群生している。その中に立って広元は呆然とした。
「これはなんと、千種にはあらず、まさしく木賊殿とも称すべきじゃ」
と苦笑させられたが、この花も咲かず葉も見せぬさびしい運命を負う植物が、青く細き身で空に向かってのびてゆく姿が今のわが身にふさわしい。この木賊をそのままに花のない庭として茅屋ぼうおくを建て、ひそかに隠者のごとく棲もうと思う彼だった。
2020/12/07