~ ~ 『 寅 の 読 書 室  Part Ⅵ-Ⅳ』 ~ ~

 
== 『 人 間 の 証 明 』 ==
著 者:森村 誠一
発 行 所:㈱ 新 潮 社
 
謎 の キ イ ワ ー ド (3-01)
ニューヨーク市警から送られて来た「キスミー」という謎のキーワードは、捜査本部を困惑させた。
被害者は、「日本のキスミーに行く」と言って旅立ったそうだ。最も単純に考えられるのは、人名か土地の名である。
まず人名と仮定すれば、どのような名字にあてはまるか。
── 木須見、城住、木住、木隅、久須美、久住む ──
その他の字をあてはめることによってさらにいくつかの姓が考えられる。だがいずれも、あまりポピュラーではない名前だった。
次に地名としては、キスミーに該当するものは、日本の地名には見当たらない。
表音が、やや似通ったものとして、
きし ── 山口県
すき ── 島根県
喜須来きすき ── 愛媛県
ずり ── 大阪府
ずみ ── 京都府
ずみ ── 千葉県
の六か所ぐらいのものである。日本地名索引に載っていないような小さな村や集落に、「キスミー」に該当する場所があるかも知れないが、捜査本部がそれを探し出すのは、不可能であった。
それに、被害者が地名として「日本のキスミーに行く」と言ったのであれば、ある程度の範囲を持ったブロックの呼称か、多少知られた観光地と考えられる。
捜査本部は、自信のないまま、六つの土地の所轄警察に、ジョニー・ヘイワードなるアメリカ人となんらかの関係を持つ人物、るいは物件がないか照会した。
問い合わせる側も、尋ねるべき対象がはっきりしていない。このような曖昧あいまいな照会では、聞かれた方も当惑したに違いない。関係者、あるいは物件の有無と言われても、どのような関係かわからないのである。
案の定、六つの土地の警察からは「該当者、および物件なし」の回答が戻って来た。それはあらかじめ予測していたことであった。もともと、「キスミー」を、それらの土地と結び付けるのが、強引であった。
キーワード人名説が、次第に有力になってきた。だが、被害者の身辺に該当するような人物は、いくら洗っても浮かび上がらない。
社名やレストラン、バー、喫茶店の名前ではないかと意見も出された。これならば、そのままあてはまる有名な化粧品会社がある。だが、これらの会社と被害者の間にはいかなる関連も発見されなかった。
その他に「キスミー」という店名のレストラン、バー、喫茶店のたぐいは東京およびその周辺、大坂、神戸、京都、その他日本の大都市には存在しなかった。
完全にお手上げだった。せっかくニューヨークからもたらされた唯一の手がかりも、ここでプツンと断ち切られたのである。
2021/08/06
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