~ ~ 『 寅 の 読 書 室  Part Ⅵ-Ⅳ』 ~ ~

 
== 『 人 間 の 証 明 』 ==
著 者:森村 誠一
発 行 所:㈱ 新 潮 社
 
道具の叛逆 (5-02)
森戸の行動は、速かった。四十三人の対象者をたちまちにして洗い、新見が依頼して一週間後には、早くも第一報をもって来た。
「もうわかったのか?」
さすがの新見もびっくりした。
「いちおう中間報告と思いましてね」
森戸は、自信のある笑いを見せた。
「中間報告だということは、何か手応てごたえがあったんだな」
「ええ、まあね」
「もったいぶらずに早く言えよ」
「この調べのために、このところ会社の仕事を全然していません。これにかかりきりです」
「わかっている。当分仕事をする必要のないほどオーダーを出してやるよ」
新見は苦笑した。この“秘密兵器”は優秀なだけに、使用料も高くつく。
「女は後まわしにして、男から先に調べました。いた人間を車に積んで捨ててしまうというやり方は、女の仕業としてはちょっと荒っぽすぎますのでね」
「先入観は、禁物だぞ」
「わかってます。だから、男をいちおう調べた後で、女を当たります」
「それで、男の中に怪しいのがいたのか?」
「みんなおとなしい優等生タイプですが、その中で、最近急に海外へ行ったのがいるのです」
「海外だと?」
「いまどき海外旅行はべつに珍しくもありませんがね、急に何の目的もなくふらりと出かかたのが気に食わない」
「いった、誰だ、そいつは? どこへ出かけたんだ」
「いっぺんに聞かないでくださいよ。追々話しますから、まず海外旅行へ出かけたのは、郡恭平といいます。十九歳、セント・フェリス大学の学生です。こつが女を連れて一週間前に出発しました。まだ学校は休みになったわけじゃない。もっとも学校があろうろなかろうと、関係ない金持ちの遊学生ですがね」
「郡恭平か、たしか郡陽平と、八杉恭子の息子だったな」
新見がリストアップされた対象者の家族関係を思い出していると、
「そうですよ。八杉恭子の自慢の息子なんですがね、こいつがなかなかの役者で、母親と一緒の時は、模範息子を演じていますが、裏へまわれば、大したタマで、フーテン仲間でもいっぱしの顔なんですよ。母親にせがんで、マンションを買ってもらい、そこで好き勝手な真似をしています。こいつがフーテン仲間の女を連れて外国へ行ったのです」
「車は、持っているのか?」
「GT6のマーク2を乗りまわしていました。少し前までは東京のクレイジー・メッセンジャーというサーキット・グループに入っていたそうです」
「いまは抜けたのか」
「母親に言われて抜けたそうです。こいつが最近、プッツリ車に乗らなくなったと思うと、急にアメリカへ行ってしまったのです。航空券は、一応ニューヨークまで買ってあります。どうです、おかしいでしょう」
森戸は、とらえた獲物を主人に差し出して、その顔色をうかがう猟犬のように、新見を見た。
「熊は、どうなんだ? 最近も手元に置いていた様子があるのかね?」
「それが、部長、この郡恭平という男、間もなく二十歳になるというのに、幼稚園からもらった熊をマスコットにして、いつも手元に置いていたそうです。そのため、仲間から熊平とあだ名されていたほどだそうですよ」
「熊平か・・・それで、熊は今でも手元にあるのか?」
「わかりません。アメリカへ行ってしまいましたからね。もしかすると、海外にまで持って行ったかも知れませんよ。しかしこれは海外へ追いかけて行かないことには、確かめようがありません」
もし恭平が、その熊を今でも持っていれば、容疑からはずせる。しかし持っていなければ、それもつい最近にいたって、彼の手元から熊が消えていれば、彼の情況は、非常に黒いものとなる。
「郡恭平のGT6だがな、修理工場に出された様子はないか?」
「ありませんね」
「どこに置いてあるんだ?」
「マンションの駐車場か、自宅のガレージしょう」
「その車に人と衝突したような損傷がないか調べられないか」
「人をいていたら、マンションの駐車場なんかに安易に置いておかないでしょうね。自宅のガレージとなると、ちょっと難しいな。なにしろ郡陽平の身辺には、いつもガードマンがいますからね」
「なんとかやってくれないか」
「部長の頼みじゃ弱いな」
「頼む。当分、調べを郡恭平に集中してくれ。後の連中は、恭平がシロになった後でいい」
あるいは、金持の有閑学生の気まぐれ旅行かも知れない。しかし、小山田文枝が失踪して間もなく、これだけの条件を備えた人間が、さしたる目的もなく海外旅行へでかけた事実を、新見は無視出来なかった。必要とあれば郡恭平をニューヨークまで追いかけて行ってもよいと考えた。
2021/09/28
Next