~ ~ 『 寅 の 読 書 室  Part Ⅵ-Ⅴ』 ~ ~

 
== 『 叛 乱 』 (下) ==
著 者:立野 信之
発 行 所:㈱ぺりかん社
 
第九章 お前らの心はようッく分っとる
第九章 (4-02)
蹶起趣意書
謹んでおもんみるに我が神洲なる所以は、万世一神なる天皇陛下御統率の下に、挙国一体生成化教育をとげ、終に八紘一宇を完了するの玉体に存す。この玉体の尊厳秀絶は、天祖肇国ちょうこく、神武建国より明治維新を経て益々体制を調え、今やまさに万邦に向って開顕進展を遂ぐべきのときなり。
然るに頃来ついに不逞凶悪の徒簇出ぞくしゅつして、私心私慾をほしいままにし、至尊絶対の尊厳を蔑視し、僭上せんじょうこれ働き、万民の生成化育を阻害して、塗炭の疾苦しつくに呻吟せしめ、やがて外蔑外患日を遂うて激化す。
所謂元老、重臣、軍閥、官僚、政党等はこの玉体破壊の元兇なり。倫敦ロンドン海軍条約ならびに教育総監更迭における統帥権干犯、至尊兵馬大権の僭穽せんせいを図りたる三月事件、或は学匪、共匪、大逆教団等と利害相結んで陰謀至らざるなき等は、最も著しき事例にして、その滔天とうてんの罪悪は涙血憤怒真に譬え難き所なり。中岡、佐郷屋、血盟団の先駆者、五・一五事件の憤騰ふんとう、相沢中佐の閃発せんぱつとなる。まことに故なきに非ず。しかも幾度か頸血けいけつそそぎ来って、今尚いささかも懺悔ざんげ反省なく、然も依然として、私権自恣じしに居て苟且倫安こうしょうりんあんを事とせり。露、支、英、米との間、一触即発にして、祖宗遺垂いすいのこの神洲を一擲破滅におちいらしむる火をみるより明らかなり。
内外真に重大危機、今にして国体破壊の不義不臣を誅戮ちゅうりくして、稜威をさえぎり御維新を阻止し来れる奸賊を芟除せんじょするに非ずんば、皇謨こうぼを一空せん。恰も第一師団出勤の大命渙発
せられ、年来御維新翼賛の誓い、殉国捨身の奉公を期し来りし帝都衛戍えいじゅの我等同志は、まさに万里征途に上らんとして、而も顧みて内の亡状憂心うたた禁ずる能わず。君側の奸臣軍賊を斬除して、彼の中枢を粉砕するは我等の任として能く為すべし。臣子たる股肱ここうたるの絶対道を今にして尽さずんば、破滅沈淪ちんりん翻すに由なし。
茲に同優同志機を一にして蹶起し、奸賊を誅滅して大義を正し、国体の擁護開顕に肝脳かんのうくし、以て神洲赤子の微衷を献ぜんとす。皇祖皇宗の神霊ねがわくは照覧冥助を垂れ給わんことを。
     昭和十一年二月二十六日
陸軍歩兵大尉 野中四郎
         外      同志一同
この蹶起趣意書は香田大尉が川島陸相の面前で読みあげ、陸相に対する要望事項は村中と磯部が口頭で述べた。
2023/01/05
Next