~ ~ 『 寅 の 読 書 室 Part Ⅶ-Ⅴ』 ~ ~ |
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== 『 砂 の 器 (上)』 ==
著 者:松本 清張
発 行 所:㈱ 新 潮 社
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ヌーボ・グループ (一)
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バンドが絶えずゆるやかな曲を吹奏していた。女の歌手がステージで歌っている。
ステージの背後には、このパーティの主催者であるR新聞社の大きな社旗が張られてあった。
小さな社旗が、この豪華なT会館のホールに幾つも交差して張りめぐらされている。その下でおびただしい客が幾つものテーブルを回って、ゆっくり動いていた。
R新聞社のある事業が完成した記念のカクテルパーティだった。呼ばれた客は、著名な人ばかりである。お手のもののカメラマンが銀盆を捧げたボーイの間に立ち混じって、その著名な来賓の顔を写しまわったいた。
入口に社長以下の重役が、モーニングで立って来賓を迎えていたが、その佇立の列が崩れて見えないのは、その宴がかなり進行しているからだった。客はこのホールいっぱいに溢れていた。
客たちは、勝手に話し合っている。歌手の独唱を聞いている者もあれば、饒舌にふけっている者もいた。花やかな中に混み合った人間が、水に浮いた砂のように揺れていた。
グラスをかかえた者もいれば、テーブルに備えられた料理に手を出す者もいる。誰もがにこやかに笑っていた。全体として老人が多いのは、それが、いわゆる「有名人」ばかりだったからである。
学者、実業家、文化人、芸術家 ── さまざまだった。その間をサービスに勤めているのは、このパーティにかり出された銀座の一流のバーのマダムや劇団の若い女優だった。
遅れた客は、あとからも参加した。
その中に、一人の若い客が緋色の絨毯を敷いた階段を上がって来た。これは入口に立って、ちょっと戸惑ったように客の群れを眺めた。
細面で額の広い、神経質な顔立ちの青年だった。
「関川さん」
声を掛けたのは、その群れの中から出て来た小太りのモーニング氏だった。
「どうもお忙しいところをありがとうございました」
その新聞社の文化部次長だった。
「いや」
青年はおとなびた挨拶をした。
「失礼しました。なかなか盛大ではありませんか」
青年の薄い唇が微笑んでいる。
「しかし、老人ばかりですな」
見まわした目が冷たかった。
「はあ、こういう会ですからな、しかし、みなさん、向うにいらっしゃいますよ」
文化部の次長は、手を上げて、見せた。
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2024/08/07
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