「そうか、だって・・・」
マダムは和賀を睨んで言った。
「先生は、日本じゅうの仕合せを一人で背負ってらっしゃるみたいですわ。お仕事はご立派で、若い方のチャンピオンだし、立派な方とのご結婚も決まっていらっしゃるし、ほんとに、お羨ましいわ」
「わたしたちもあやかりたいわ」
居合わせた女給たちも、和賀を見て口々に言った。
「そうかな」
和賀はまた呟いて目を伏せた。
「あら、まだあんなことを・・・先生、てれていらっしゃるわ」
「べつに、てれやしないさ。ただ、ぼくは、何ごとにつけても懐疑的でね。いつも自分を外において眺めている性質さ。これは性分だから・・・・」
「やっぱり芸術家だわ」
と、マダムがすかさず言った。
「わたきしたち、仕合せだと、すぐ自分でおぼれるでしょ。だからいけないのね。和賀先生みたいに分析ってことができないのよ」
「だもんだから、ときどき、失敗するのね」
ほかの女給が調子を合せ。
「でも、どんなに自分を外に置いてお眺めになっても、お仕合せには変わりがないでしょ。ねえ、関川先生」
マダムは、横の批評家を振り向いた。
「そうだ。人間、幸福な場合は、無心にそれに没入した方がいいと思うな。よけいな分析や、客観的な眺め方っていうのはどうかな」
関川重雄は、眉の間に浅い皺を立てて意見を吐いた。その顔を和賀がちらりと見た。が、何も言わなかった。
「で、ご結婚式はいつになりますの?」
「そうそ、何かの雑誌で拝見しましたわ。今年の秋なんですって。お二人の写真が出てましたわ」
と、別な女給が言った。痩せたたのきれいな女だった。黒い絹のドレスを着ている。
「あんなのは、いい加減なものさ。くだらない」
和賀は言った。
「興味本位で書かれていることに、責任は持てないね」
「しかし、ナイトクラブあたりに彼女と出没しているところをみると、相当むつまじいわけだな」
これは建築家の淀川が言った。
「そりゃ、もう・・・」
と、マダムが引き取った。
「お躍りになってるのを拝見したんですけれど、とても呼吸が合ってましたわ。わたくし、お客さまとごいっしょのテーブルでしたけれど、その方も、うっとりとお二方を眺めていらっしゃるんです」
「へええ」
女給が手を叩いた。作曲家と批評家とは、仲間の話をはじめていた。 |