~ ~ 『 寅 の 読 書 室 Part Ⅶ-Ⅶ』 ~ ~

 
== 『 砂 の 器 (下)』 ==
著 者:松本 清張
発 行 所:㈱ 新  潮  社
 
 
 
 
 
恵 美 子 (九)
今西は、妹の家を出ると、急ぎ足で駅の方に向かった。
駅前には二軒の運送店がある。彼は、その一軒の山田運送店を最初に訪ねた。
「こういう者ですが」
今西は、最初から警察手帳を出した。
「昨日の午後、そこの××町××番地の岡田という家に、こちらで引っ越し荷物を取りに行ったことはありませんか。そこはアパートで、引越し主は三浦さんというのですが」
「さあ」
居残りの事務員はほかの者に聞いていた。
「どうも、私の方ではないようです」
事務員は今西の前に戻って答えた。
「もし、そういうことがあれば、昨日のことですから、すぐにわかるんです。この先の伊藤運送店さんじゃないでしょうか?」
「どうも、ありがとう」
今西は、わずかしか離れていない別の運送店に入った。
ここでも同じことを聞いた。
「さあ、昨日ですか。どうも、そんな記憶はないようですね」
事務員はそう言ったが、
「念のために、従業員に聞いてみましょう」
「荷物を届けた先は、わかりますか?」
「それが、先方に、直接届けたのではありません」
「というと?」
「先方のご希望で、いったん、ここに持って来たのです」
「ここに?」
今西は薄暗い電灯がついている土間を見まわしたが、それらしい荷物はなかった。
「いいえ、その荷物は、すぐにまた、ここに取りに見えたのですよ」
「しると、ここにいったん荷物を持って来ておろし、三浦さんが改めてそれを引き取りに来たわけですね?」
「そうです」
「どうして、そんな、二重手間をしたんだろ?」
「そうなんです。私の方も面倒なので困ったのです。幸い、すぐに荷を取りに来られたので、それほど邪魔にはならなかったのですが」
「やはり三浦という女のひとが、取りに来ましたか?」
「いいえ、女の方ではなく、二十七八ぐらいの男の人でした」
「オート三輪でですか?」
「そうです。でも、小型でしたから、荷物を二回に分けて運んで行かれました。
「そのオート三輪には、名前は書いていなかったのですか?」
「いいえ、それはなかったのです。あれは、運送店のではなく、個人のものですね」
「その男は、二十七八ぐらいと言いましたね」
今西は人相を聞きにかかった。
「どんな顔つきでしたか。いや、たとえば、痩せているとか、肥えているとか、髪のぐあいとか、そんなものです」
「そうですね・・・、何だか、ひどく痩せたかただったと思いましたわ」
女事務員は考えたあげくに答えた。
「いや、そう痩せてもいなかったよ」
居合わせた別の男が口を出して、
「わりに肥えていたよ」
「そう?」
女事務員は自信なさそうにふり返った。
「そうだったかしら?」
「いや、そうでもない。そんなに太ってもいないよ」
と、机の真向いにすわっている男が、自分の意見を出した。
「髪は小ぎれいに分けていたように思うな。色が白く眼鏡をかけた男だったよ」
「眼鏡なんか、なかったわよ」
女事務員は直ちに反対した。
「いや、かけていた」
「わたしは、かけていなかったよういに思うわ」
彼女は、別の男に顔を向けて、その男の判断を求めるようにした。
「さあ、かけていたような気もするしかけていなかったような気もするな」
目、口の特徴も、三人の言い方はばらばらだった。荷物を運んだのは昨日のことである。それがもうこんなに食い違うのだ。
「服装はどうですか?」
これも、三人の言い方はまちまちで、一人の男はジャンパーを着ていたと言い、一人の男は黒っぽいセーターだったと言い、女事務員は背広だと言った。背の格好も高かったというの、低かったというのと、両説に分かれた。
その男が店に姿を見せていたのは、ニ十分たらずである。運送店の事務員たちは、忙しいためか、結局印象がうすかったということになろう。
「荷物を二度に分けて取りに来たと言いましたね」
今西は別のことを聞いた。
「そうです」
「どこに荷物を運ぶと言っていましたか?」
「さあ、それは聞きませんでしたわ」
「では、荷物を最初に取りに来て運び、二度目を取りに来た時、その間、だいたい時間的にどのくらい経っていましたか?」
「そうですね。三時間ぐらいあったと思います」
これには三人とも異論はなかった。
「どうもありがとう」
結局、これだけの聞込みで満足しなければならなかた。
今西は大久保駅から電車に乗って、銀座の方へ向かった。
電車の中で彼は考えた。
恵美子は、妹の家から急に移転したと同様に、その行先も他人にはわからにように仕組んだあとがある。オート三輪の男が、恵美子の荷物を二度にわたって運んでいるが、この男の人相は運送店の証言がまちまちである。しかし、年齢の点と二度に運んだ間の時間とはだいたい一致している。
その男は荷物をかなり遠い所に運んだに違いない。三時間というと、オート三輪での往復は相当な距離に当たる。たとえ、荷物をおろす時間をいれてもである
2025/05/23
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