やがて、また暗くなり『男の爆発』というタイトルが出た。
キャストは、だいたい、プログラムでわかっていたが、今西は役者の名前と顔を知らない。映画はあまり見に行かない方で、どの名前の人間がどんな顔つきだか、不案内である。若いときは、それでも、映画館にはしばしば通っていて、古い俳優たちは顔なじみなのだが、近ごろの若いスターにはいっこう知識がない。
『男の爆発』は、いま売出しの若手俳優が主役だった。これは、ヤクザもので、さかんにピストルが出てくる。今西は「、やはり『利根の風雲』と同じように、どんな端役でも見逃さないように「した。ちょとしか現れない通行人でも、バーの客でも、ヤクザの子分でも、一つ一つ、その顔に覗き入った。
筋がさっぱり頭に入らない。おぼろにわかることはやはり盛り場の顔役同士の縄張り争い「で、それに主役となっている青年が痛快に暴れまわるという、たわいのない筋だった。
しかし、現代だけ、さかんに東京の場所が出てくる。バーの多い銀座裏はもとより、有楽町の人混みや、ビルの中や、はては晴海埠頭の倉庫街など、ロケーションが多い。したがって背景の人物もたくさんである。
今西栄太郎が興味を持っているのは、主役クラスの役者ではなかった。むしろ、端役や、臨時のエキストラなどに主として目を凝らした。
ついに一時間半が経った。
場内が明るくなった時、今西は椅子に呆然と座り込んでいた。
いまの映画にも、彼を満足させ人物はいなかったのである。
「これで全部すみましたよ。いかがでしたか?」
係りの人が言ってきた。
「どうも、御面倒をかけました」
今西は椅子から立ちあがった。
「おかげさまで、ゆっくり見せていただき、これで、納得しましたよ」
「そうですか。観覧者一人のために、とくに二本の映画を写したのは、あなたが、はじめてですよ」係りの人は笑っていた。
「どうもすみません」
今西栄太郎は、地下室から表へ出たが、外の光が急にまぶしく、すこしの間、目をふさいでいた。
今西栄太郎は、伊勢で『利根の風雲』と『男の爆発』を二回も見ている。子供ではあるまいし、彼が二回も見ているのは、その映画の中でとくに興味をひいた場面があったはずだ。
謙一はいったん、宿に帰ったものの、改めて、もう一度その映画を見たくなったのだ。それは、自分の目をさらに確かめるためだった。宿に帰った時、三木謙一がたいそう考え込んだ様子になっていたとは、あの宿の女中の証言である。
だが、今西がいま見た二つの映画にも、ニュース映画にも、三木謙一をして二度も見物させた重要な場面はなかったのだ。 |