今西は、この大臣名簿の中から、田所重喜の名前を見つめた。
この人は、前にも大臣をつとめたことのある保守党の有力者で、温厚で知られている人物だが、こんども大臣になった。
田所重喜は、別な意味でジャーナリズムにも知られている。その娘が新進彫刻家なので、よく親子二人の写真が雑誌などに並ぶ。
しかし、今西には別な意味で、この新大臣に興味があった。
大臣の名前の下には、選挙区がついている。
田所重喜が福島県だったとは、はじめて知った。この人は福島県だったのか。そう思っ、活字面をしげしげと見入っていた。
「あなた」
襖越しに女房の声が聞こえた。
「そろそろ、お起きにならないと、時間ですよ」
今西は、新聞を捨てた。
新内閣が出来ようが、反対党が天下を取ろうが、今西のような下っぱの公務員には影響はない。
今西は、ごそごそと起きて、顔を洗った。
歯を磨いていると、味噌汁の匂いが漂ってくる、ネギの匂いも混じっていた。
座敷に上って、食卓の前についた。
女房も一緒に茶碗を口に持っていきながら、何かと話していたが今西は返事もしない。むっとして聞いている。
いや、聞いているのか、聞いていないのか、黙々と食べているだけだった。
外務大臣三井伍朗か・・・農林大臣田所重喜か・・・今西は、リズムのように口の中でつぶやく。
── 田所重喜は福島県だったのか。
彼は味噌汁の椀を置いて、手を湯呑に変えた。番茶の匂いが鼻に来る。
── 福島県・・・。待てよ。
今西は、首を傾ける。
── どこかで、この県には縁故があるぞ。
「首を寝違えたんですか?」
首をしきりと傾けているので、女房が真向いから聞いた。今西は、黙っている。
── あっ、そうだ。
今西は湯呑を置いた。
── 伊勢の映画館の劇場主が、たしか福島県出身だったではないか。あれはニ本松市近くの××村の生まれだった。 |