防犯協会の人から今西が聞いた、その技術者は、T無線技術研究所の所員だった。
研究所は千歳船橋の方にある。
今西は、訪問に先立って、研究所に電話を掛けた。その人は浜中省治といって、若い技師だった。
「昼間は研究で忙しいですから、今日の五時頃か、明日の朝十時ごろにしてください」
浜中技師は電話で答えた。
今西としては一刻も早くそれを知りたい。夕方五時に研究所へ訪問することを申し込んだ。
「そんなものが、どこから耳に入りましたか」
先方の声がニヤニヤ笑っているのがわかた。
一応、そう言っておけば、向うも資料を用意して待ってくれているに違いない。
今西栄太郎は、四時過ぎに警視庁を出た。
ここから千歳船橋まではかなりな距離だったが、この時ぐらい先方に着くのをもどかしく思ったことはない。
普通なら、電車やバスで乗り継ぎして行くところだが、今日はタクシーを奮発した。しかし、警視庁のある桜田門から赤坂、渋谷という路線は、混雑の最中である。車は思うように走れない。
とうとう、目的の千歳船橋に着くまで一時間近くかかった。
研究所は、雑木林の見える空地にあった。申しわけ程度に有刺鉄線が張られてあり、二階建ての小さな白亜の洋館の上には、お椀のようなパラボヤや無線の鉄塔が立っていた。
今西が受付に入ると、浜中氏から通知があったとみえて、守衛みたいな人が応接室に通してくれた。
そこで待ちながら、窓の外を眺めていた。クヌギ林の梢に黄ばんだ葉が見ている。
間もなく、ドアが開いて、三十四五ぐらいの、髪の薄い、額の広い人物が現れた。
目がくりくりとして大きい。
「浜中です」
名刺を交換した。
浜中の肩書は“郵政技官”となっている。
「役人ですが、この研究所に出向しているんです」
浜中氏は、自分の身分を説明した。
「実は、電話でもお話ししたとおり、防犯協会の人から、エレクトニクス押し売り撃退器というものの話を聞きましてね。何でも、それは浜中さんが発明されたそうで?」
「いや、ぼくの発明というほどでもありませんよ」
浜中技官は、大きな目を細めて、笑い声を立てた。
「理論は簡単です、ですが、実用的に組み立てたのは、ぼくが最初かもわかりませんね」
「その理論というのはどういうことですか、われわれにわかりやすく教えて下さい」
今西は浜中に聞いた。簡単な装置で、凄文句を並べている押し売りがたちまち退散すれば、これ以上の妙計はない。
浜中氏は顔に微笑をつづけている。
「それはですな、つまり、音ですよ」
「音?」
「はい、ちょっと解説的に言いますとね。私どもは毎日いろいろな音の中に生活しているわけですね」
浜中氏はやさしい言葉を探すようにして言った。
「その音も音楽みたいな楽音もあり、そうでない雑音もあります。その中で、特に不愉快な感じを持つ音というものがありますね。たとえば、鋸五里で鋸の立てるキイキイする音とか、ガラスに爪を立てたときの歯の浮くような音などです。こういうのが不快な音でしょう」
「そのとおりですね」
「これは、音色の違いから、こういう不快感を起こさせるのですが、この音色というのは、ちょうど、空気中を音が波の形で伝わっていますから波形といっています。この波形を周囲的に送れば特定の周波数となって、人に不快がられることがあります。つまり、押し売り撃退というのは、こういう音感作用を利用したのですよ」
「ははあ」
今西は、これから理論がぬずかしくなると覚悟して、あとの言葉を待った。
「一例をあげますとね」
と、浜中氏はにこにこして続けた。
「十サイクルの低い周波数の音を、数分間聞かされたと仮定してみます。この場合の低い音は、われわれが普通、音といってるものではなく、振動といった方が、当たっているかも知れませんね。ですから、これは聞かされているんじゃなくて、感じているといった方がいいかもわかりません」
「・・・・」
今西は、わかったような、わからないような顔をした。それを察してか、浜中技官も素人相手のもっと解説的な口吻になった。
「ですから、こういう状態で聞いていると、いい加減嫌になっちゃいますよ。頭が痛くなったり、体がぶるぶるしたり、とっても、変なものです」
「本当にそういう状態になりますか?」
今西は体を乗り出した。
「なります。ところが、いま申し上げたのは、耳に聞こえるか、聞こえないか、という低い方の音の話ですが、高い方にも同じことが言えますよ」
「高い方?」
「そうです。一万サイクル以上の高音、つまり二万から三万サイクルのものをだすと、ある種の動物は、敏感に感じますが、人間には、聞こえるというより体が変になったり、頭が痛くなったりしますよ。で、われわれの耳にはいる周波数の限界で、高い方を上限といい、低い方を下限と呼んでいます。共に、われわれに不愉快な音として感じられることには変わりないのです」
浜中技官は、装置の説明をする前に、こうして、音という概念を噛んで含めるように、今西に説き始めた。
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