日本がいずれ外国から武力によって開国を迫られる日が来ることは火を見るよりも明らかであったのもかかわらず、幕府がそれを先延ばしにして来た一番の理由は「
言霊
主義」にあると私は見ています。
日本人は昔から言葉に霊が宿ると考えていました。
わかりやすくいえば、言葉には霊力があって、祝福を述べれば幸福が舞い降り、呪詛じゅそを述べれば不幸が襲いかかるという信仰です。特に後者について、「あってはならないこと」や「起こってほしくないこと」は、口にしたり議論したりしてはならないという無意識の心理に縛られているのです。これを私は日本人特有の深層心理だと思っています。よくないことを口にするのは「縁起が悪い!」と忌み嫌われるのが日常生活においてだけでなく、政治の世界においても、同様なのです。
これは近代に入っても同様です。大東亜戦争時、作戦前に参謀や将校が「失敗するかもしれない」とか「敗れた場合」ということを軽々に口にすることは許されませんでした(そうした意見は多くの場合退けられた)。そのために陸軍では多くの無謀な作戦がとられ、夥しい兵士が飢えで苦しみました。なぜなら日本の参謀は作戦日数分の食糧しか用意せず、作戦通りに進まなくなった時のための備えがなかったからで。情けないことにそれが何度もありました。
終戦間際の昭和二〇年(一九四五)の春以降、ソ連の軍隊がシベリア鉄道を通って続々と満洲国境に結集していました。普通に考えれば、満洲に侵攻する準備だとわかるはずです。しかし日本の関東軍はその情報を掴んでいながら、「ソ連軍による満洲侵攻」に何の対策も講じませんでした。「日ソ中立条約」が結ばれていたとはいえ、明らかな異常事態を見れば、ソ連が条約を破って攻め入って来る可能性があると考えるのは普通です。しかし、それを考えること自体を否定したことにより、終戦直前に襲いかかって来たソ連軍によって、満洲開拓団の民間人から夥しい死者を出し、武装解除した関東軍の兵士など六十万人近くが捕虜となりシベリアに送られました。
現代においても、世界の多くの国の憲法に書かれている「緊急事態条項」が日本国憲法にはありません。それどころか国会で議論さえも行なわれていません。
「最悪の事態が起こるかも知れない」という想定での議論が避けられ続けているのです。
記憶に新しいところでは、大規模な原発事故に備えてロボットを導入しようという意見が、「原発に大規模な事故を想定することは許されない」という考えから、議論以前につぶされていたという事例があります(原発に大規模な事故が起きる可能性があると認めた場合、原発反対派から追及されるのを恐れたためでもある)。
このように、「起こってほしくないこと」は「起こらない」と考えようとする「言霊主義」は我が国におおいては二十一世紀の現代にも根強く残っているのです。まして多くの迷信が信じられていた江戸時代においては言わずもがなです。
ペリー来航を伝えられながらも何の対策もしなかった理由が「言霊主義」にあると私が書いた理由がおわかりでしょうか。
とまれ、二百五十年近くも激動の世界情勢に背を向け、いわば殻に閉じ籠ったまま太平の眠りについていた日本という国家が、これ以降、無理矢理に国際社会に引きずり出されることになるのです。
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| 2025/11/05 |
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