国に仰せたまひて、手輿たごし作らせたまひて、にようふによふはれて、家に入いりたまひぬるを、いかでか聞きけむ、つかはしし男をのこども参りて申すやう、「龍たつの頸くびの玉をえ取らざりしかばなむ、殿とのへもえ参らざりし。玉の取り難がたかりしことを知りたまへればなむ、勘当かんどうあらじとて参りつる」と申す。
大納言起きゐて、のたまはく、「汝なんじら、よく持もて来こずなりぬ。龍たつは鳴る雷かみの類るいにこそありけれ、それが玉を取らむとて、そこらの人々の害がいせられむとしけり。まして、龍たつを捕とら
へたらましかば、また、こともなく我は害せられなまし。よく捕へずなりけり。かぐや姫てふ大盗人おほぬすびとの奴やつが人を殺さむとするなりけり。家のあたりだにいまは通とほらじ。男をのこどもも、な歩ありきそ」とて、家にすこし残りたる物どもは。龍たつの玉を取らぬ者どもに賜たびつ。
これを聞きて、離れたまひし元もとの上うへは、腹はらを切りて笑ひたまふ。糸を葺ふかせて作りし屋やは、鳶とび・烏からすの、巣に、みな食くひ持もていにけり。世界の人々のいひけるは、大伴おほともの大納言は、龍たつの頸くびの玉取りておはしたる」、「いな、さもあらず。御み眼まなこ
二つに、李すもものやうなる玉をぞ添そ
へていましたる」といひければ、「あな、たべがた」といひけるよりぞ、世にあはぬことをば、「あな、たへがた」とはいひはじめける。
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(口語訳)
国府に命令を発し、手輿たごしをお作らせになって、うめきうめき荷になわれて家にお入りになるのを、どうして聞いたのだろうか、先に大納言の命めいで龍たつの頸くびの玉を取りに派遣はけんされた家来たちが帰参きさんして申し上げるには、「龍の頸の玉を取ることが出来なかったのでお邸やしきへも帰参出来ませんでした。しかしいまは、玉を取ることが困難なことをお知りになったのでお咎めもあるまいと存じ帰参いたしました」と申し上げる。
大納言が起き上がり坐って、おっしゃるには、「おまえたち、龍の頸の玉をよくぞ持って来なかった。龍は空の鳴る雷かみなりと同類であったぞ。その玉を取ろうとして、たくさんの人々が殺されようとしたのである。まして、龍を押さえたりしようものなら、また、問題なく、わたしは殺されていただろう。おまえたちも、よく捕えずにおいてくれたことだ。かぐや姫という大悪党めが、人を殺そうとして、こんな難問を出したのだった。もういまは、やつの邸あたりすらも通るまい。家来どものあのあたりを歩いてはならぬ」とおっしゃって、家に少し残っていた財産などは、龍の玉を取らなかった功労者たちにお与えになった。
これを聞いて、籬別なさったもとの奥方おくがたは、はらわたがちぎれるほどにお笑いになる。あの、糸を葺ふかせて作ったきれいな屋形やかたは、鳶とびや烏からすが、巣を作るために、みなくわえて持って行ってしまったのでsる。
世間の人がいうことには、「大伴おおともの大納言は龍の頸の玉を取っていらっしゃったのか」「いた、そうではない。御み眼まなこ二つに、李すもものような玉をつけていらっしゃったよ」というと、「ああ、その李すももは食べがたい」と言ったことから、世間の道理にあわぬ常識外れのことを「あな、堪へがた」といいはじめたのである。
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