西せい なんえき じん ちゅうさく
佐々 友房
1854 〜 1906


あめせん ぽうかぜ すな

こう ざん じゅう りょう さん

そう いつ けつ きわまうら

うまだん きょう ててらつ
雨撲戰袍風捲沙

江山十里兩三家

壯圖一蹶無窮恨

馬立斷橋看落花

(通 釈)
雨は激しく叩きつけるように着物に降りかかり、風も強く、砂を巻上げるようにして吹いている。
十里四方の江山の中にわずかに二、三軒の家が見えるばかり。
壮大な計画も思い通りにならず、いま、この地の戦いに敗れて限りない恨みが残る。
最後まで共に戦ってくれた馬を断橋に立てて、ただ落ちゆく花を見るのである。

○戦袍==軍服 「袍」 は上着。一番外側に着る丈の長い衣服。
○撲==たたく。雨が激しく、戦袍に叩きつけるように降る。
○沙==まさご、細かい石。 ○捲==巻くと同じ。
○江山==山と川。
○壮図==壮大な企て。官軍を打ち破ろうとする心意気。
○一蹶==一たび躓くこと。
○無窮==きわまりない、果てしない、限りない。
○恨==うらみ、残念に思うこと。
○断橋==@断ち切れた橋。A橋を断ち切って敵の来るのを防ぐこと。詩からだけではどちらとも決められない。一応@に取っておく。


(解 説)
明治十年 (1877) の西南の役に敗れた時、戦争の激しさと無残な敗北の心境を詠じたもの。
作者は熊本藩士の子として生まれ、多感な時に、維新に出会った。西南の役には薩軍側につき、薩軍熊本城の小隊長として参戦し、田原坂の決戦に破れて捕らわれた。
(鑑 賞)
同じ作者の古詩 「吉次峠の戦」 では凄絶な戦いを生々しく描写している一方で、本詩は、いかにも敗残の恨みを静かな調子で賦している。
起・承句では、乱戦の後を、映画の一シーンのように描き、その中に一人立って、無残にも打ち砕かれた壮図の二度と描くことの出来ない無念を述べ、自分の運命と相通ずるのであろうか、落花を看るともなくうつろな眼差しで見つめている。この結句の情景は、まことに心憎いばかりのものがある。