やがて、夜に入ると、果たして盛俊が、一人の法師を連れて来た。 囲いの内には、維盛、通盛のほか、ごく少人数の将しかいない。そして、望み通り、燭
もかがりも消してあった。 「三位中将殿と、越前三位殿もいらせられる。斎明殿、ごあいさつなされい」 盛俊が、うしろにあって、うながした。 法師は、ほの暗いので、よく分からないが、濡れ鼠ねずみ
な姿らしい。敵方の者とは、実盛から聞いている。おそらく、泳ぎ渡って来たか、筏いかだ
にたよって、水を越えて来たに違いない。維盛は、そう察しながら、じっと、奇異な一個の影に、眼をすえていた。 「平泉寺の威儀師斎明にござりまする。はからずも、こう間近に、御見ぎょけん
を賜り、まことに畏おそ れ多いことで」 「そちが、斎明と申すか。実盛と盛俊を介して、平家に内応ないおう
せんとは、本心か」 「本心に相違ございませぬ」 「義仲に仕えながら、義仲を裏切るは、いかなる所存ぞ」 「いや、木曾殿には、元来、なんの恩義もある仲ではおざりませぬ。力には抗し難く、力の下に圧伏され、余儀なく従うていたまでの者でおざる」 「主馬判官盛俊とは、どういう縁で」 「主馬殿の甥おい
、盛光どのは、野僧の法弟dおざれば」 「前からの知り合いか」 「奈良におりまいたころよりの」 「奈良に」 「は」 「すれや、わぬしも、興福寺僧の一人であろう。南都炎上のみぎり、若狭、越前などに落ち延びた法師の群の一人かよ」 「仰せの通りでございまする」 「と、いたせば、平家に恨みこそあれ」 「あいや、何もかも、諸業流転しょごうるてん
の相輪そうりん の一図、なんで、鬼のように、平家に終生のお恨みを抱きましょうや。ねがわくば、ただ、法楽の一浄地を賜って、天台弘通てんだいぐつう
の一伽藍いちがらん を建立したのがわが身の願いにすぎませぬ」
「そうか。・・・・いとやすいことだ。もし、そちの約に違背なくば、越前大野郡を、そっくり、与えよう。北陸平定のあかつきには」 斎明は、維盛の墨つきを一筆もらうと、闇に紛れて、帰って行った。
|