ここに、女房船の内のひとりに、玉虫
とよぶ女性がいた。 年は、十九とか。 天性の美というものだろう。こんな戦の中でも、その佳麗かれい
さは、少しも失われていない。 建礼門院けんれいもんいん
が、后立きさきだち のころは、たくさんな女童めわらべ
の中に交じっていたのであるが、可憐かれん
な子だったし、舞も上手で、物事にもよく気が付くところから、二位ノ尼にも愛され、流亡の後は、尼づきの雑仕女ぞうしめ
の一人として、つねに尼のそばに仕えていたものだった。 「・・・・尼公あまぎみ
さま」 かの女は、自分から申し出た。 「わたくしをおつかわしくださいませ。扇の的の下に立って、敵の間近へ参るとか言うその小舟へ」 さっきから玉虫は、尼のうしろに控えて、宗盛や教経たちの話しを聞いていたのである。 「・・・・そなたが?」 尼はちょっと驚きの眼を後ろへやった。が、何か、玉虫の胸の内をすぐ解いたようでもあった。しばらくして、うなずいてみせ、 「ご採択は、諸卿しょきょう
のお旨にあること、内大臣おおい
の殿との なり、能登どのへ、伺ってごらんなさい」 と、小声で諭さと
した。 もちろん、彼女の願いは、即座に許された。── 適当な女人などあるまいと、たれもが、困惑していたところでもあったから、 「おお、玉虫か。そなた、すすんで扇の下に立ってくれるか」 と、みな、よろこんだほどだった。 しかし、教経一人は、 「行くか」 と、玉虫の方を見て、念を押すように、もいちどいった。玉虫の黒髪と、かすかな肩のふるえを、傷いた
ましそうに、いつまでもながめていた。 「む。・・・・よかろう」 やがて、彼は思い切ったように言って、 「敵味方の見候うなか、わけて、荒くれな東国の武者どもは、もの珍めずら
に、あれよ、平家の女性にょしょう
なるかと、眸ひとみ をこらすことであろう。──
都にありしころの、晴れの日とも思うて、粧よそお
い凝こ らせよ、玉虫」 「はい」 「恐ろしいと思うほどなら、よも、われからそのような役、望みもしまいが、すがすがと匂にお
やかに立って見するがよい。女性として、平家人へいけびと
たるものは、かかるおりにはこうぞと、東国武者輩ばら
に見せてつかわせ」 「はい」 玉虫は、粧いのため、しばらく、そこを退さ
がった。 |