〜 〜 『 寅 の 読 書 室  Part U-]』 〜 〜
── 新 ・ 平 家 物 語 (十三) ──
うき の 巻

2014/03/26 (水) うみほたる かご (四)

内大臣おおい殿との が、お座船より、お戻りなされました」
彼の姿を待っていた衆座のあいだへ、告げ渡されると、能登守のとのかみ 教経のりつね は、すぐ座を立って、小舟から上がる宗盛を待ち ──
「御着席のまえに、ちょっと、お耳を拝借したいのですが」
と、人なき方へ、彼の姿を誘って行った。
立ち話の形で、すぐ、教経から口を切った。
「大理どのの処置について、さだめし、御不満を抱いて、お戻りでございましょうな」
「うム。わしのさしずも仰がず、おことが独断にて、時忠どの始め、子息や家臣までを他の船へ移したという・・・・そのことか」
「そうです。お怒りはございませぬか」
「怒るにも何も、この宗盛は、何もたしかな仔細しさい を聞いておらぬ。大理どのと、いさか いしたとは、まことか」
いさか いは、解けております。まず、表面だけは」
「と申すは、なお、腹では解けぬと申すことか」
「腹の底までは、いかんせん、わかりかねまする。・・・・で、万が一の用心のために」
「用心とは」
「ひょっとしたら、大理どのには、裏切りを思うているやも知れませぬ。かねてより、源氏に対し、和議の途を開かんものと、何かにつけ、策を思うておらるることは、おおいえません。・・・・これは、御総領におかれても、薄々、お気づきでございましょうが」
「・・・・うム。そのようなふしもないではないがの」
「戦のない日なれば、あの君が、どう画策をめぐ らそうと、充分、われらも見ておりますが、かかるさいには、どんな思い切ったきょ に出ないとも限りませぬ。もし、われらが血眼ちまなこ になっているすきに、神器、玉体を載せまいらせたまま、お座船を他へ隠されでもしてしもうたら、いかに、あとで地だん踏んでも、追いつきませぬ。・・・・で、念のため、独断にて、お聞き及びの通りにはか ろうたわけでございまする」
「よう、時忠どのが、承知したな」
「教経には、武力があります。大理どのもまた、今朝、それがしに、悪いおりを見つけられ、後ろめたく思われてか、この教経を多分にはばかっておる様子です。・・・・しかし、こよいの軍議においては、その辺のこと、一切、お口にお出しくださいますな。内輪の違和いわ は、味方の不利。いめ、御秘密に」
「うム。いうまい。・・・・そのようなこと、いうてよいものか」
二人は、連れだって、席についた。

著:吉川 英治  発行所:株式会社講談社 ヨリ
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