~ ~ 『 寅 の 読 書 室  Part Ⅴ-Ⅴ』 ~ ~
 
==項 羽 と 劉 邦==
著者:司馬 遼太郎
発行所:㈱ 新 潮 社
 
江 南 の 反 乱 (七)
呉中の町の中でも、項梁は世話好きであった。当初、葬式があるとなると乗り出して行って切り盛りしてやったが、近頃は項梁が世話をしない葬式はさびれて見えると言われるようになっている。
どんな貧家の葬式でも、頼まれれば項梁は行ってやる。項梁が行くと来葬者が多くなり、喪主はあとあとまで恩に着た。
呉中ニ大繇役たいようえき(註・労役)及ビ喪アルゴトニ、項梁、常ニ主辨しゅべんタリ。
と、司馬遷もいう。葬儀は、家族の秩序主義を原理とする儒教にあっては重大な儀式だが、しかしこの時代は儒教は未だ一般に普及するに至っていない。が、この大陸には儒教以前からの固有の俗ともいうべき家族原理があり、葬儀ともなれば大いに人々が集まり、動き、じつに手厚い。
項梁は、それをけ負ってやる。なんでもない市井の親爺が死んでも、項梁は人々を集め、礼を厚くし、王侯将相でも死んだかと思われるほどの演出をしてやった。のこされた息子たちがその手厚さに驚き、項梁に感謝した。むろん項梁は謝礼などは受けとらない。
有力者が死んだ場合の大きな葬儀になると、項梁は一軍の総帥のように奥深く陣取り、配下を指揮した。滑稽な事だが、こんな暮しの項梁にもいつの間にか多くの配下が出来ていた。葬儀の時には彼らを引き連れて行き、能に応じて仕事させた。葬儀ごとに、あらたな人材を発見した。
(この男は百人ぐらいの長になれるな)
と思うと、とくに目をかけ、様々な事を教えてやった。
人というのは、とりどりに出来ている。最初は人目を驚かすほどに華やかな才を持った男のように見えても、そのうち、
(あれはただ人目を引くだけの才で、とても多数の人間を統御出来ない)
となると、項梁はその程度の扱いにしてしまう。
後日譚になるが、項梁が旗上げした時、葬儀や労役の現場で育てたり目をつけたりした右のような連中を能に応じて役につけたが、選に洩れた者がいた。その某なる者が、なぜ私をお軽んじになるのです、と苦情を言って来た時、
「あなたは、ずっと以前、なにがしの葬式の時のことを憶えておられるか」
と、鄭重ていちょうに言った。あの時あなたをしてこういう役につけたが、それをあなたはうまくやれなかった、だからこの度の任用から外した、というのである。この某は能力よりもむしろ人との調和を」うまくゆかない人物だったのであろう。賭博とばく的な挙兵をするとき、個々の指揮官の能力の上下はさほど重要ではない。それよりも団結の方が肝要で、そのことに害がありそうな人間はあらかじめ取り除いておく。この一事でも項梁という人間がどういう男かがわかる。

始皇帝がほうじ、子の胡亥こがいが立った。
その翌年七月、江南は多雨であった。その淫雨の中を、陳勝・呉広が、他の徴兵要員と共に反乱にち上がった。場所は揚子江より北の宿県という土地で、偶然ながら項梁・項羽のふるさとの下相かしょうに近い。秦の役人に引率されて北方へ曳かれて行った彼らは、一種、軍事用の奴隷というに近いであろう。彼らがそこへ到ったという宿県付近は、大小の河川の氾濫はんらんする低湿地で、その氾濫の跡が常でも沼沢しょうたくとして水をたたえている。雨が降りつづくと沼沢群がつながって一望湖水のようになり、旅人を通過させない。
「秦の法により期日に遅れれば死刑になる。逃げても死罪。どうせ死ぬなら蜂起ほうきしようではないか」
という陳勝の扇動せんどうは、それまでの羊のような群れだった連中を群狼に変えてしまった。秦の監督官を殺し、四方にげきを飛ばした。
扶蘇ふそ皇子と将軍が立ち上がった」
という報は、天智を飛ぶ雷霆らいていのように轟き渡った。すでに故人である扶蘇、項燕は生前も互いに縁のない関係なのだが、こういう場合、知名度の高い名前ほど遠くへ轟き渡って行く。
もっとも、陳勝・呉広は、いざやってみると付近の秦軍までがあわを食って反乱軍に合流してしまったのを見て、これならば虚喝こけおどしをつかう必要もあるまいと思った。そこで扶蘇、項燕の名はおろし、本名の陳勝・呉広で押しとおすことにした。それほどにこの宿県の沼沢中で噴き上げた反乱は四方にこだまし、八方の労役人夫団がつぎつぎに呼応して、やがて地をゆるがすような勢いになった。
たれもが、秦の政治をよしとしていない。法治制と官僚制という、始皇帝が考案した人類的な実験政治は、旧秦の狭い範囲でこそ成功したが、ふるくから農業社会としての伝統を保ち続けて来ている地帯におよぼせば、過去の慣習との差が大きすぎた。人々にとって、大地に無数の針を植えたてられたように生きづらい世になり、しかも労役に次ぐ労役で、生活たつきの立ついとまもない。さらには故郷を離れ、労役にとらわれ、百人、千人、万人とかたまって飯場暮ししている連中は、生存の基本としてこの国家に不満がった。労役である以上、組織の中にいる。既に組織がある。組織ごと起ち上がれば、そのまま私軍になった。
2019/11/20
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