~ ~ 『 寅 の 読 書 室  Part Ⅴ-Ⅴ』 ~ ~
 
==項 羽 と 劉 邦==
著者:司馬 遼太郎
発行所:㈱ 新 潮 社
 
江 南 の 反 乱 (九)
反乱は、あっというまに成立した。
じつをいうと、この時期、会稽郡の長官である殷通いんとうの気持ちがはげしく動揺していた。
(まだ流民どもの騒ぎは、長江の北に限られている)
と、最初は自らを慰めていたが、しかしこうの北の方の騒ぎがいつ江をわたってこの南の穀倉地帯に及ぶか、及ばないという保障は少しもない。及ぶ及ばないよりも、この江南の地元から英雄が崛起くっきすればたちまち事態が変わってしまう。たれが起ちあがっても最初にやることは決まっていた。まず群治のこの役所を襲うに違いない。それを防ぐ秦軍は兵力がなために動揺しているし、場合によっては秦軍そのものが大勢に雷同して乱を起こしかねない。首都の咸陽かんように援軍を乞うにも道はあまりにも遠く、それに、途中、陳・呉の徒の匪軍がはびこっていて使者を送ることさえ出来なかった。たとえ使者が咸陽に着いても、あの二世皇帝(胡亥)とそれを擁している宦官の趙高では、とても遠隔の地に援軍を送ってやろうとおう気をおこすはずがなく、第一、陳・呉の匪軍が咸陽に向かって進軍しているという報もある以上、皇帝や趙高たちは咸陽を防ぐことで脳乱しきっているに違いない。
とすると、殷通は坐して地元の反乱軍に討たれるのを待つのみである。
(いっそ、おのれから進んで秦に背くか。──)
という思案が殷通をとらえたのは、当然であった。江南にって大いに兵を募り、暴戻ぼうれいの秦を討つという義をとなえ、なしうべくんは諸方を斬り従えて咸陽をおとし、ついにはおのれが帝国を打ちたる。妄想ではない。可能不可能は別として、それ以外におのれの五体を満足に生きさせる道がないのではないかと思い、殷通は決心した。
火急の場合、決断は早い方がいい。ともかくも募兵だった。募兵して殷通の旗を江南にひるがえせば、それを慕って大小の流民団がやって来る。いよいよ勢威があがる。早ければ早いほどよい。
殷通は、項梁を呼ぶことにした。
(あの温厚な書物読みの小男を動かさねば、少なくとも呉中での募兵の実はあがりにくい)
急使を項梁のもとに走らせた。幸い項梁は家にいた。台所から出て来て、
「なにか人夫のことでも」
と、使者に対しわざと間の抜けた応じ方をした。ともかくも出かけた。例によって項羽を連れてる。それ以外の供はいない。時節柄、おおぜいを連れて歩けば不穏に受け取られるからであろう。
殷通は、待ちかねていた。項梁を見ると大いに笑顔をつくり、人払いをし、項梁の肩を抱くようにして奥の間に招じ入れた。項羽だけは、そとに残された。屋外の露天で待った。大きく息を吸い、かつたんを吐きつけた。
「秘密の話である」
殷通は、声を小さくした。ゆっくりと項梁の鼻先にまでその大きな顔を近づけ、長江のむこうはみなそむいたぞ、と臭い息と共に言った。むろん項梁は情勢は知悉ちしつしていたが、わざと驚いてみせた。殷通はさらに声をひそめて、人が反くにあらず、天が ── と言って、黙った。やがて、
「── 天が秦を亡ぼそうとしているのである。ことわざう、先んずれば即ち人を制し、おくるればすなわち人に制せられる、と。天意はすでに滅秦にある。わしはただちに兵を発したい」
と、言った。これには、さすがに項梁も驚いた。まさか「郡守」といわれる秦の官僚制の軀幹くかんともいうべき地方長官みずからがいちはやく軍閥化してその皇帝にそむこうとまでは。項梁も予想していなかった。
(大変な世の中になった)
と思ったのは、秦の大官たちの倫理観念が、大崩れに崩れつつあるということについてではなかった。たしかに殷通の場合、非道といえばこれ以上の非道はない。昨日まで彼は江南デルタにおいて、彼一個が秦帝国そのものであるように重圧感を人々に与え続けていたのに、今はひるがえって反秦の徒になり、滅秦の戦闘行動をはじめようとしている。項梁は、
(あるいは、秦の役人とはこういうものなのか)
と思ったりした。なるほど始皇帝は官僚制度をつくったが、しかし肝心の官僚の倫理とくに忠誠心を彼らに教育することを怠った。というよりも、法以前の倫理というものを、黙殺した。
2019/11/21
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