~ ~ 『 寅 の 読 書 室  Part Ⅴ-Ⅵ』 ~ ~
 
== 美 貌 の 女 帝 ==
著:永井 路子
発行所:文芸春秋
 
幻 想 の 王 国 (一)
  をとめども をとめさびすも・・・・
歌の流れる中で、紅のそでがゆるやかに弧を描く。
  からたまを たもとにまきて をとめさびすも・・・・
かげろうのはねより薄い、くちなし色の領布ひれが袖にまつわりつきながら、ふうわりと宙を舞う。
五月五日、群臣の居並ぶ内裏だいりの宴で五節ごせちの舞を舞ったのは聖武の皇女、二十六歳の阿倍あべ。大柄で肉付のいい彼女はこんなときは見栄えがするが、とりたてて美貌というわけではもい。快活な性格であっても、どこか投げやりで、今度の舞も、身を入れて稽古をしないから、お世辞にも上手とはいえなかった。帝王に娘として育てられただけあって、どこへ出ても気おくれしないのは取柄だが、人生の苦しみや悲しみをまともに味わったことがないための無関心さが、つい顔に出てしまう。
── 多分そなたには父や母の苦しみがちっともわかっていないでしょうね。
高く結い上げた双銀もろわの髪に、銀の花鈿かでんをきらめかせて、ほとんど無表情で舞い続ける阿倍を眺めながら、元正は心の中で呟く。
── そして、今日の舞が、そなたにとって、どんな意味を持つかということも・・・・
旱天かんてんに慈雨を祈るというのは、もちろん表面上の理由に過ぎない。この日の主役阿倍を除けば、居並ぶ聖武も光明も、右大臣橘諸兄もろえも、みなそのことを知りぬいているはずなのだ。
やがて舞が終わると、恭しく座をった諸兄が、元正の前に進んだ。聖武のしょう奏上そうじょうするためである。
「・・・・掻ケマクモカシコ飛鳥アスカ浄御原宮キヨミハラノミヤ大八州オホヤシマクニシロシメシシヒジリ天皇命スメラミコト天下アメノシタヲ治メタマヒタヒラゲタマヒテ思ホシマサク・・・・」
飛鳥浄御原の天皇はすなわち天武、元正の祖父である。この五節の舞は、天武が壬申の戦に勝利をおさめて即位した後、礼と楽を振興させて上下の融和をはかろうとして始めたもの、と言われている。そのいわれを述べる聖武の言葉を諸兄はさらに続ける。
「こうしてこの舞はずっと続けられてまいりましたが、ここに皇太子阿倍に習わせ、御前に捧げるものでございます」
元正はうなずいてこれに応える。
「わが子天皇すめらみことよ。天武の帝がお始めになった国の宝とも言うべき舞を、阿倍がこうして受け継いだことは、天武の帝の精神とおきてが絶えることなく存在している証拠、大変よろこばいいことです。また、今日の舞を見るに、それは単なる遊びではなく、天下の人々に、君臣親子の道理を示すものであることがよくわかります。どうかこの精神を忘れず失わずに伝えるように」
阿倍は神妙に首を垂れているが、元正の心を受け止めている気配はない。さまざまの思いにたわみながら続けられている言葉が、一つ一つにちぎれて、空しく阿倍の傍を滑ってゆくようなもどかしさを元正は感じている。
── 皇女ひめみこよ、そなたは何もわかっていないのですね。いやわかろうともしないのですね。あなたには見えないの? 父の苦しみ、母の悩みも。
屈託なげなその顔に問いかけるのは徒労なのか。聖武、光明、そして諸兄 ──。それぞれの心はばらばらになっている。それを結びなおすきずなとして計画されたこの日の舞なのに、主役である彼女は、全くそのことを理解してはいない。もしその気にさえなるならば、容易ならない言葉の重みが、たちまち感じ取れるはずなのに・・・・。
聖武が、この舞を天武以来のものだ、とわざわざ言っているのは、阿倍が天武系の後継者だということを匂わせているのだ。そして元正が「その舞を見るのは喜ばしい」と応えたのは、彼女もまた阿倍を天武系の後継者として認めたことを意味する。
2019/10/25
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