~ ~ 『 寅 の 読 書 室  Part Ⅴ-Ⅵ』 ~ ~
 
== 美 貌 の 女 帝 ==
著:永井 路子
発行所:文芸春秋
 
うす あかね (三)
十二月六日、都うつりのその日は、風もない冬晴れで、空はえざえと澄んでいた。飛鳥をとりまく山々が藍色あいいろの濃淡を見せて連なり、飛鳥川のほとりの樹々も、枝をそよがせることさえ忘れているかのようだった。
もももしい前駆を先に、女帝持統の輿こしがゆるやかに宮門を出る。これに続くのは太政大臣高市、そして持統の異母妹の御名部、阿閉 ──。少し遅れて、侍女たちに取り囲まれるようにして、馬乗の氷高、軽、吉備。その中には、高市と御名部の間に生まれた長屋ながや鈴鹿すずかの二王子も混じっている。
飛鳥川を渡って少し西に進んだとき、氷高は道の右方に一直線に北に走る大きな道を見た。女帝の輿は早くもその道にさしかかっている。
「まあ、なんて広い道」
思わず嘆声をあげたとき、
「この道はね、まっすぐ宮門まで続いているのさ」
答えてくれたのは長屋王だった。四つ年上の十九歳のこの白皙はくせきの青年は、氷高にとって最も親しい従兄である。
「これが道なの」
馬の背からのびあがるようにして、ひときわ華やかな声をあげたのは妹の吉備だ。
「まるで広い広い広場が、ずうっと続いているみたい」
「そうさ、大きな都では、みな真中にこういう道が造られているんだ」
都造りの中心となって事に当たった高市を父とするだけに、彼は新都について、いろいろのことを知っているらしかった。
「ほら、この大路の両側にも、横にまっすぐ走る広い道があるだろう。新しい都にはね、こんなふうに碁盤の目のように、きっちり縦横に道がつけられているのさ」
「新羅や唐の都も、みんなそうなの?」
氷高がたうねると長屋はうなずいた。
「そう。でも、何も唐に始まったことじゃない。それよりも昔の都も、こうした造り方をしているのさ。この都も、だから唐のまねとはいえない。もっと昔からの都造りを参考にしている」
「まあ、ずいぶんいろいろ御存じなのねえ」
感にたえたように吉備が言うと、むしろ、照れたように長屋は微笑した。
「いや、ときどき父上のお供をして、都造りを見に来たからね」
氷高だって物珍しさにひかれて、この新しい都はときどき見に来ている。が、関心は専ら新宮殿の内部、それも自分たちの住む内廷注がれていたので、都全体に眼を向けるのを忘れていたのだ。
「大きい都になるのねえ」
「そう、飛鳥の宮殿のすぐそばまで新しい宮殿に入るはずだ。いまはまだ野原に区切りをしただけに見えるところもあるけど、この区画の中にみんなが住むようになる」
「それで今までより広い場所が必要だったわけね」
ああ、宮殿のほかにこうした市街まちがあるのが本当の都なのさ」
2019/09/08
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