そこへひげのない張良が、足音をひそめて入って来た。
「子房しぼうよ」
劉邦はよろこびを頒わかちたかった。箸はし
をうごかしながら、先刻、酈れきが献策し、劉邦が採用した案をつぶさに伝えると、張良の顔色が変わっていた。
「大王だいおうの事業もこれでおしまいでございます」
劉邦は張良の才を信用している。張良が喜ばないのを見て、劉邦の語気もかぼそくなり、「なぜ、しまいなのかな」
と言うと、張良は手をのばして劉邦の手から箸をとりあげ、それを小道具にして説きはじめた。
張良は老荘家ろうそうかである。とい以上に、現実についての認識が素直で、千年も前の先王の時代・・・・・とは経済も文化も人の心も違ってしまっていることを平明に認める精神を持っていた。儒徒が尚とうとんでいる古いにしえというのは夏かといい殷いんといっても社会が小さく、王権の及ぶ範囲もわずかで、農業人口も少なく、戦いの規模も小さい。人心は素直で、鬼神を信ずることが篤あつく、さらには王への服従心も強かった。
すでに歴史は春秋戦国を経、人智は多様に発達し、社会の規模も殷の湯王とうおう
や周しゅの武ぶ王の頃とは比べものにならない。秦しんに滅ぼされた六国りっこくの遺族を探し出して国を回復させ、祭祀を復興させれば人心は喜悦するなどというのはお伽とぎ話にすぎない、と張良は言った。
「しかし、子房」
劉邦は、言った。
「遺孫どもは喜ぶではないか。わしとしては天下を喜ばせることによって楚を圧倒したいのだ」
「大王よ」
張良は、劉邦がまだ酈の論の魔術から醒さめていないことにうんざりした。
「仰せの如く天下は大いに喜ばさねばなりませぬ。しかし棚たなから餅もちが落ちて来たことで実際に喜ぶのは六国の遺孫ぐらいのものでございましょう。逆に、悲しむ者が居ます。幾万ともはかり知れませぬ」
「たれが悲しむのだ」
「陛下の幾万の士卒でございます」
といわれて、劉邦は頓悟とんごした、が、張良はなおも言い重ねた。
「天下の游士ゆうし」という表現を張良は使った。劉邦の配下のことである。彼ら天下の游士は旧六国のうちのいずれかであるその故郷を離れ、墳墓ふんぼの山を離れ、血縁と別れて天下に漂い、劉邦に従って転戦している。
「その理由は、大王につき従うことによって一尺の土地でも得たいからです」
よほど奇人でないかぎり、そうであるに違いない。
「ところが大王が酈生れきせいのすすめによって先王の道に傚ならわれ、古韓こかんを興おこし、古魏こぎをたて、燕えん、趙ちょう、斉せい、楚 それぞれの子孫を立てれば、彼ら游士大王を捨てて故郷に戻り、それぞれの王に仕えるにちがいありません。ただでさえ彼ら游士は墳墓の地に戻りたいのです。彼らが散ってしまえば、大王はいったい誰とともに天下を取ろうとなさいますか」
「酈生め」
劉邦は立ち上がって咆ほえた。すんでのところでおれの事業が水のになるところであったわい、と言って側近を呼び、印いんのことを聞いた。すでに「趙王之印」といったたぐいの字を彫りはじめているところであったので、すぐさま文字をすりつぶさせた。劉邦は楚の項羽に締め上げられて苦しさの余り、わらしべ・・・・のようなものを天下だと思うほどに幻想を持ってしまったのである。
張良を去らせた後、しぐ酈食其れきいきを呼ばせた。彼はこの思想家を叱らず、せっかくの献言であったが、取りやめた、と言った。労儒者がおどろいて理由を聞くと、
「夢を見ていたのだ」
と、言った。籠城というのは、ただひたすらに堪えるという日常であるため小さな事象やわずかな思いつきにも飛びつき、巨大な期待をかけてしまう。劉邦でさえ狐憑きつねつきになりやすい真理の中にあった。
(とはいえ、酈生は、あれはあれで偉いやつだ)と思うのである。一尺の土地も欲しがらず、天下に彼の考えている正義を布しきたいというのは、人間の心のおもしろさではないか。
(張良もまた、おもしろい)
と、劉邦は思う。あの年中風邪かぜばかりひいている男は、欲得を離れて劉邦を補佐し、劉邦に天下を取らせることだけを楽しみにいしている。私心がないために物もよく見え、さらには劉邦に直諌ちょっかんし、その浮き上がった足に抱きついて地じにつけさせてくれた。
(人はさまざまだ)
劉邦は思った。
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2020/06/10 |
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