広武山に戻って張良ちょうりょうを呼び、蕭何しょうかが出した休戦という案について意見を求めると、張良はぽ試みになることは悪いことではありませぬ、と言った。
張良も、項羽こううははねつけるだろうと思っている。張良が項羽でも、この最終決戦ともいうべき段階で、漢かん軍の隙を見て力攻し、漢城をたたき割ってその食糧さえ奪えば楚その兵気はいよいよ奮ふるい、一気に項羽の天下は確立するだろう、と踏む。
「弁士にはたれがよいか」
「やはり陸賈りくかでしょう」
「劉邦も異存はない。ただふと、
「あの、変な名の男はどうだ」
「変な名の男とは?}
「秦しんの始皇帝しこうていが信用していた方士と同姓同名の男だ」
「侯公こうこうでございますか」
張良は、笑いだした。
「まことに奇士でございます」
「いかんか」
「まず陸賈の方が無難でございましょう」
侯公は劇薬のようなもので、瀕死ひんしの病人に与えるにはときにいいかも知れないが、こういう場合にはああいう男を差し向けるべきだはないと張良は思っていたが、むろん他人への誹謗ひぼうになるため張良は言わなかった。
「陛下、陸賈は陛下が好きでたまらぬという男でございます」
「わかっている」
「陛下のためなら、項羽の陣営で殺されtも悔いを持たない男でございます」
「しかし」
劉邦は、迷った。
「侯公も死士の気概があるというではないか」
「同じく死を軽かろんずるといっても、両者のもと・・が違います」
「何を言いたいのだ」
「陸賈がたとえ空しく帰って来ても、お叱りになりませぬように」
張良は、陸賈のために劉邦に釘くぎをさしておいた。 |
2020/08/01 |
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