~ ~ 『 寅 の 読 書 室  Part Ⅴ-Ⅸ』 ~ ~
 
== 武 士 道 ==
著 者:新渡戸 稲造
訳:岬 龍一郎
発 行 所:PHP研究所
 
● 切腹は法制度としての一儀式
武士道において名誉にかかわる死は、多くの複雑な問題を解決する鍵として受け入れられた。そのため大望を抱くサムライは、畳の上で死ぬことを恥とした。あえていえば私は、多くの善良なキリスト教徒が十分に正直でさえあれば、カトー、ブルータス、ペトロニウス(古代ローマの作家)、その他多くの古代の偉人たちが地上における生命をみずから消し去った崇高な態度に対して、積極的な賞賛を贈らないまでも、魅力を感じることを告白するのではないか、と思っている。
哲学者の始祖ソクラテスの死も、ある面では自殺であったといえば、大胆過ぎるだろうか。彼は逃げようとすれば逃げられた。にもかかわらず、彼は自ら進んで国家の命じるところに従った。しかも、彼はその国家の命令が道徳的に間違っていることを知っていながら、自ら毒杯をとって、その数滴を神に献じた様子は、弟子たちによって詳しく伝えられている。私は、このソクラテスの態度から推測して、彼は明らかに自殺の意志があったと見ているのである。この場合、通常の処刑のように肉体的な強制はなかった。だが裁判官たちの評決が強制的だったのは事実である。それは「汝死すべし。汝自身の手によって」というものだった。もし自殺というものが、自分自身にの手によって死ぬということであるなら、ソクラテスの場合は明らかに自殺である。しかし、だからといって、彼にその罪を着せる者は誰もいないであろう。自殺を忌み嫌ったプラトンは、決して自分の師を自殺した者と呼ぼうとしなかったが・・・・。
すでに読者は、切腹が単なる自殺の一手段でない、ということを理解されたであろう。それどころか、サムライの切腹は法制度としての一つの儀式だった。中世に発明された切腹は、武士が自らの罪を償い、過ちを詫び、不名誉を免れ、朋友を救い、己の誠を証明するための方法だったのである。法律上の処罰として切腹が命じられる時は、荘厳なる儀式をもって執り行われた。それは洗練された自殺であり、冷静な心と沈着なる振る舞いを極めた者でなければ実行出来なかった。それゆえに、切腹は武士にとってふさわしいものであったのだ。
20200915
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