~ ~ 『 寅 の 読 書 室  Part Ⅴ-Ⅸ』 ~ ~
 
== 武 士 道 ==
著 者:新渡戸 稲造
訳:岬 龍一郎
発 行 所:PHP研究所
 
● 芸事やしとやかな振舞いの意味
男性的であることだけを、女性に対する日本人の最高の理想像だったと、もし私が読者に思わせたとしたら、それは公平さを欠くことになる。そのようなことは断じてなかったといってよい。
女性には芸事やしmなやかな立ち居振る舞いは求められた。音楽、舞踊、読書をすることもたしなみの一つであった。日本文学におけるもっとも美しい詩歌のいくつかは、女性の感情を詠ったものである。実際、女性は日本の「純文学」史上、重要な役割を果たして来たのである。
舞踊(武士の娘の踊りであって、芸者のではない)は、その立ち居振る舞いを美しくするためにのみ教えられた。音楽は父、あるいは夫の憂さを晴らすためのものであった。音楽を習うのは決して、技巧や芸術そのもののためではなかった。究極の目的は心を清めることにあった。それは演じる者の心が平静でなければ、音の調和は得られないからである。すなわち、、芸事は道徳的価値に常に付随しているものだという、前述した若者の教育で見られたものと同じ考えがここにある。したがって音楽や舞踊は日常生活に優雅さと明るさがしなわれば、それで十分であって、けっして己の見栄や贅沢を助長させるためのものではなかったのだ。
ペルシャの王子はロンドンの舞踏会に招かれて、ダンスに加わるように求められた時、「わが国ではこの種の仕事をするための、特別な女の一団がいる」と憮然ぶぜんとして答えたというが、私はこの王子に同情する。日本の女性の芸事も他人に見せたり、それによって世に出るためのものではなかった。あくまでも家庭の中での楽しみであり、たとえ社交の席で披露したとしても、それは女性たちの務めとして、客へのもてなしの一部であった。
20200917
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