~ ~ 『 寅 の 読 書 室  Part Ⅴ-Ⅸ』 ~ ~
 
== 武 士 道 ==
著 者:新渡戸 稲造
訳:岬 龍一郎
発 行 所:PHP研究所
 
● 「小柄なジャップ」の持つ忍耐力、不屈の精神
武士道の影響力は、現実社会においても誰にでも見て取れるほど明白である。日本人の生活を一瞥いちべつすれば、そのことはすぐぬわかる。日本人の心をもっとも雄弁かつ誠実に紹介したラフカディオ・ハーン(小泉八雲)の作品を読めば、彼が描くところの日本人の心情が、まぎれもなく武士道の一例であることがわかる。
国民がみな一様に礼儀正しいのも武士道の賜物たまものである。このことはよく知られているので、改めて繰り返す必要もないほどだ。「小柄なジャップ」ももつ忍耐力、不屈の精神、そして勇気は日清戦争によって十分に証明されたではないか。
「日本人以上に忠実で愛国的な国民がほかにいるだろうか」とは。この時世界の多くの人々が発した問いであるが、私は誇りをもって「否」と答えることが出来る。その意味でも私たちは武士道に感謝しなければならない。
しかしながら、その反面、私たち日本人の欠点や短所もまた、大いに武士道に責任があることも認めなければ、公平さを欠くであろう。たとえば、すでにわが国の若い人の中には、科学分野では国際的な名声を得ている人がいるというのに、深遠な哲学の分野では誰もまだ偉業を達成した人はいない。この原因は武士道の訓育にあっては形而上学的な思考訓練がおろそかにされていたからである。また、日本人の過度に感じやすく、激しやすい性質についても、私たちの名誉心にその責任がある。そして外国人からよく指摘されるような「日本人は尊大な自負心を持っている」という言葉も、これもまた名誉心の病的な行き過ぎによる結果であるといえる。
日本を旅行していると、ぼさぼさ頭に粗末な身なりで、手に大きな杖か本を抱え、世俗的な事柄にはまったく無関係といった風情で、通りを闊歩かっぽする多くの若者を見かけることがあるだろう。彼は「書生」(学生)であり、彼にとっては地球はあまりにも狭すぎ、天空とてけっして高くない。彼は独自の世界観や人生観を持ち、心は空中の楼閣ろうかくに住み、幽玄な知識の言葉を食べて生きている。その目には大志の炎が燃え、その心は知識を渇望している。赤貧は彼をいっそう磨き上げる刺激となり、彼の目から見ると、世俗的な財産は、彼の人格にとって足枷あしかせに映える。彼は忠義心と愛国心の権化であり、みずからを国家の栄誉の番人であることを自負している。彼の美点も欠点も、つまりは武士道の最後の残滓なのである。
2020/09/21
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