~ ~ 『 寅 の 読 書 室  Part Ⅴ-Ⅸ』 ~ ~
 
== 『女 人 平 家 (上) 』 ==
著 者:古家 信子
発 行 所:朝日新聞社
 
新 珠 (二)
盛子の姉妹が盛子の良人を初めて見たのは、露顕ところあらわし(披露宴)の日だった。
そのうたげで初めて親族の顔つなぎがあり、六波羅の平家一族とおもだった家臣が集まり、花嫁の姉妹も席に列した。その日は西八条邸の牛飼童まで祝いの馳走がふるまわれた。
賑やかに宴がはなやいで浮き立った頃、時子が一座に向かって一つの挨拶を述べた。
「このたび盛子を六条殿の北の方に差し上げました喜びは申すまでもなきことながら、五つの掌中の珠のようにで育てた一つの珠を手離して、なんとのう心さびしきは愚かな母心でございます。法住寺殿の東の御方(滋子)はその姉の心を察してか、盛子におもかげ似通う眉目うるわしく才たけた子を養い育てよと・・・その口添えで授かりました氏素性正しき生まれのゆう子と申すが、今日ただいまより、この館の対屋で西八条の姫たちのなかに加わります。お見知りおき下さるよう願います」
「ホウ、いかにもそれはめでたきこと」
招待客の一人が要領よく言葉を発した。
せの席上で母の挨拶に思いがけない驚きを覚えたのは、花嫁の盛子とその姉妹だった。
その娘たちに、父の清盛は落着き払った声をかけた。
「そちたち、佑子と睦まじくいたせよ」
そして時子に向かってせき立てた。
「早う、ここへ連れて参ってひきあわせるがいい」
その声を合図のように、寝殿北廂きたびさしの間から阿紗伎に手を引かれて、眼のさめるような美少女が今日を晴れの小袿こうちぎにみごとな漆黒の髪のうなじのあたりに断たれたのが扇形にはらりと肩にかかって、見知らぬ人のみの宴の席に連れ出される羞恥におののく感じが、可憐にいたいたしく一座をしいんとさせた。
それが ── 六条殿に差し上げた盛子の身代わりのように、今日から西八条邸の幼き姫となる佑子だった。
六条殿北の方もその姉妹も、その佑子に眼を見張って思わず息を呑んだ。
── 叔母君(女御)はどこからこのような平家の二の姫(盛子)に相似の子をお見付けになったのであろう ── と感に堪えた。
「これはこれは、めでたき事は重なるものよの。美しき五つの珠の一つを六条殿に納められたと思えば、忽然こつぜんとまたうるわしき珠一つ授けらるるとは、さても兄上も嫂上あねうえも子宝の御運の強さよ」
性格単純で、淡白でもののふ振りの教盛が、披露宴の酒にしたたか酔うて声を立てるのを、この一座の中で冷笑をほろ苦く口許に浮かべて眺めたのは、盛子の婿の弟藤原基房だった。彼は兄と一つちがいだが、兄が父の命令で先妻を離婚し、清盛息女を貰えと言われれば、まだ九歳の飾り人形のような幼妻をめとる気質とは反対で、鋭く強い性格だった。
その基房はわが家系が伝統ある藤原家である誇りから、新興武士の成り上がり者の平清盛一族を内心軽んじている。今日も兄への義理で席につらなってはいるが、内心おもしろくない彼は、あらたに平家の養女として貰い受けたというその美しい少女の出生の秘密をあいんく知っている立場だったから、おのずと冷たい微苦笑が浮かんだのである。彼は兄の邸とは違う中御門なかみかどの南烏丸に一家を構え、家の名は“松殿”と呼ばれた。現在は左大臣正二位である。
その松殿が婿の弟として、花嫁の長兄重盛と同じ中央の席に向かい合っていたから、内向性で神経の細やかな重盛は、彼のひややかな苦笑を見て取った。重盛とて新しく出現した幼妹佑子がおよそいかなる理由で西八条に養われる事になったかは、ほぼ察していた。それだけに基房の人もなげの心づかいのない態度に不快の念を禁じ得なかった。
けれども、そうしたことはほかの客たちにはわからない。若き摂政基実と清盛女との露顕ところあらわしの豪華版の宴は夜更けるまで華やかに行われた。
2020/10/18
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