~ ~ 『 寅 の 読 書 室  Part Ⅴ-Ⅸ』 ~ ~
 
== 『女 人 平 家 (上) 』 ==
著 者:古家 信子
発 行 所:朝日新聞社
 
凩 (三)
その産月の近づいた十二月に入ると、清盛が妻に告げた。
「新玉の初春が出産なら、今のうちに熊野に詣ろう」
紀州の熊野権現の信仰は皇室でも当時盛んで、清盛が二十七歳の時に熊野権現本営造進の功で肥後守に任ぜられて以来、熊野は立身出世の守護神と人に言われていた。
「熊野と申せば遠路の旅路、日数がかかりましょうに、この頃なにやら院と当今の近臣たひのおだやかならぬ噂の流れます折も折、この六波羅をお離れになられてよろしいのでございましょうか」
時子は今のような時機を選んで良人がわざわざ出かけるのが不可解だった。
2020/10/07
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