~ ~ 『 寅 の 読 書 室  Part Ⅴ-Ⅸ』 ~ ~
 
== 『女 人 平 家 (上) 』 ==
著 者:古家 信子
発 行 所:朝日新聞社
 
対 屋 の 姫 た ち (二)
それは時忠が主謀者になって妹滋子を生母とされる皇弟憲仁親王を皇太子に立てる計画が発見されて天皇に忌避され、右少弁の官職を奪われて出雲に流されることになったほか、その一味だった平頼盛も巻添えで蟄居ちっきょさせられた。
「そのうちには必ず召喚されよう、この清盛が計らう。出雲でも不自由なく暮らせる」
妻の時子を慰めて言うと、
「都を追われるのもよいこらしめになりましょう」
と眉をひそめて冷然と言う。
「あの基盛が世を去らねば、滋子は武士の妻として平凡に静かに暮らせたでございましょうに、このように朝廷をお騒がせいたすこともなく・・・」
時子はまたしみじみと言った。
「そのような返らぬ事を申すな。そなたの妹には今のめでたき運が授かっていたのじゃ」
と清盛は言い、
「さてわが姫たちにもよき運を授けたいものよな、西八条に寝殿造りの美しい殿舎を建てるもそのためよ」
「寝殿造りなどの、かた苦しい棲居すまいより平家武士団の頭領にふさわしく、この六波羅同様の武家屋敷が棲み心地よく思われます。このたびの西八条もそれでよろしいではございませぬか」
彼女は貴族の住宅様式のそれよりも、実用的に生活に即した武家屋敷の住み心地に馴れていた。
「そのようなものなら、わざわざ別邸を造るには及ばぬわい。西八条には公卿に列した平家としての格式の邸宅を構えるのが当然よ。そこで姫たちを育て、やがては名門の公卿にそれぞれ嫁がせたいのじゃ」
その清盛の計画には政略結婚が含まれていても ── 時子が反対を示さなかったのは、武士団の統率者の父の娘を武士に嫁がせるとなれば、父の部下へつかわすよりない。それもまた止むを得ぬとしても、時子は人の殺し合いの戦乱で、人を殺すことの巧みな者が武士として名をあげるのを思うと、その乗るかそるかの危険な職に従う武士は、良人や息子たちでもうたくさんの気がしたからだった。
それより娘たちは、弓矢の凶器を使わず、学問、教養、知識の世界ですぐれた男性を良人とさせたい・・・五人の娘の母はこうした夢をその頃から密かに抱いていた。娘たちへ授けたいその理想の良人は、やはり今の世では、学問、芸術の伝統を持つ公卿の階級より選ぶほかに仕方ないと思うと、良人の言葉通り、寝殿造りの深窓の姫君として、それにふさわしい教養を付けてやらねばならぬと考える。
五人の娘たちはやがては次から次へと嫁がせねばならぬ。時子は母として、その娘たちをそれぞれ幸福な女の生涯に送り込むための大きな仕事が負わされていると思うと、身が引き締まる・・・その耳に良人の呑気な言葉がひびく。
「西八条の庭には、そなた好みのよもぎを植え込ませようぞ」
2020/10/12
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