~ ~ 『 寅 の 読 書 室  Part Ⅵ-Ⅰ』 ~ ~

 
== 『女 人 平 家 (中) 』 ==
著 者:古家 信子
発 行 所:朝日新聞社
 
闇 の 闖 入 者 (一)
春の季節によくある花曇はなぐもりりの日であった。
その朝、西八条の平氏の館に帝の召された葱花輦そうかれんが進む。天皇御料の輿は正式には鳳輦、尋常の行事にはこのヒトモジクサ(ねぎ)の花の形を輿の屋形やかたに付けた葱花輦、葱の花はながく散らずに保つとの縁起である。
その輿の前後の五本のながえ(長柄)烏帽子えぼし白張はくちょう(百衣)姿の舎人とねりたちが肩にかついでしずしずと歩調を合わせて歩む。その左右には近衛府の随身ずいじん(警護の士)褐衣かちえ(狩衣に似る)細纓さいえいの冠、背に胡簶やなぐい(矢入れ)を負い弓を持って藁沓わらぐつで数十人が従う。その後方に、車体に八葉の紋を金箔きんぱくで描いた牛車が六台続くのは、帝に供奉ぐぶの公卿たちのそれだった。
西八条の広くめぐらす築地ついじ(土塀)の総門から正殿のきざはしまでの両側には、侍烏帽子に直垂ひたたれの裾を袴に入れた腰に小太刀を帯びた平家の家臣群が、今から平伏の姿勢で待ち受けて居る。
葱花輦は刻々に西八条の広くめぐらした築土の総門に近く進む。
同じ頃 ── 姫方は東西の対から乳母と侍女に守られて華やかに透渡殿すいわたどのを辿る・・・。
── はるかに泉殿、釣殿の見ゆる池と築山あたり、花の梢と木の芽どきの林泉ちりも止めぬ西八条邸へいよいよ帝の輦が入ると、お出迎えの家臣たち白砂の庭に半身をかがめて、しいんと静まり返るなかを輦は正殿の五段の階段下で止まる。降り立たれた帝が階段を昇られて正殿に入られる前に脱がれる沓取くつとりの役に控えたのは、平氏の功臣主馬判官しゅめのほうがん盛国の子息右衛門尉うえもんのじょう盛俊、うやうやしく帝の沓をおし戴くように取る。
その日、さながら大僧正の如く緋の法衣姿の浄海入道と、これも礼装の北の方時子のお出迎えで、帝は設けの御座所につかれると、そのあとに今八葉車から降りた供奉の面々が続いて御座所の左右に並ぶ、その数人の朝臣の中には、行幸には必ず供奉する役の右兵衛督ううひょうえのかみ花山院兼雅の姿もあった。これは平家の長女の婿君である。供奉武官の近衛府の少将冷泉れいぜい隆房はその官職で初めて平家の館に供奉したのだった。
その他にはかねて清盛と親しい朝臣の三条大納言、中御門なかみかど中納言、とう中納言の顔ぶれであった。それに御傍に仕える若い侍従たちだった。
やがて ── この館の姫たちが帝にまみゆる。まず徳子が進み出た。
「これなるが徳子でございます」
北の方の紹介の言葉と共にうやうやしく一礼して引き退がる ── 今日を晴れと着飾った五衣いつつぎぬも、乳母の小檜垣こひがきがむやみと欲張って華美第一と選んだそれが、あまりに色彩過剰で、徳子よりも五衣の袖やもすそだけがゆらゆらと動くかのようだった。
次にゆう子が進み出た瞬間、ぱっと周囲が明るく匂いわたるかと見えた。
それは徳子の濃厚な色彩と違って、ほとんど原色なしの淡い色調で、下のかさねほど淡く最後はまったくの純白だった。一番上の唐衣からぎぬはうす紫地に白の花輪ちがいの地紋じもん、その後腰うしろに裳を付けて裾を引く。
その棚びく裳は白の霰地あられじに初めてほのかな銀糸の浮織うきおりが見えて、月光の流れのような裳に星影の浮かぶ風情があった。
うす紫と白のうす紫と白の基調の衣裳のなかに、くっきりと端正な眉目、高い鼻筋、あるかなきかのような幽かな愁いを秘めた黒い瞳、ながいまつげ・・・彫かつみがき、かつちりばめたようなその面影にほのかに漂う“もののあわれ”のまつわる優雅のきわみは、一座をしいんとさせる。
220/11/19

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