~ ~ 『 寅 の 読 書 室  Part Ⅵ-Ⅰ』 ~ ~

 
== 『女 人 平 家 (中) 』 ==
著 者:古家 信子
発 行 所:朝日新聞社
 
い か ん せ ん (二)
冷泉家北の方が産後初の外出で、生後五十余日の隆衡たかひらを乳母の小藤に抱かせ、汐戸や雑色ぞうしきたちを供に牛車で西八条の実家を訪れた時、もう秋草が咲き出す季節だった。
出家後も大相国と世に言われて政権を握る清盛は、日頃は公務を執りに六波羅にあるいは福原にと、とかく留守勝ちの西八条に、その日は妻の時子と共に産後の娘とその子を迎えた。
「おお、この若はまさしく平家の血筋を受けて、さながら右近少将の幼顔にそのままではないか」
清盛は乳母に抱かれた隆衡を見るなり声をあげた。
右近少将は重盛の嫡男維盛これもりである。いま十六歳の美少年だった。
「母君は祐姫さまでございます。平家の公達に似通われるのは当然と存ぜられまする」
汐戸が自分の手柄のように誇るのに、清盛夫妻は笑い声を立てる。
黄金の装飾の飾太刀が清盛から隆衡への贈り物だった。
「ではゆるりといたせ」
清盛は娘と孫に笑顔を見せて、座を立って六波羅へ向かうのである。
その外祖父が去る時は、その孫は乳母に抱かれたまま眠っていた。
「おお、これはまだ眠るが仕事のやや・・児、奥でしとねを敷いて差し上げよ」
時子が命ずると阿紗伎が乳母をともない奥の間にみちびいてゆく。汐戸も付いて行こうとすると、
「汐戸はよい。冷泉家の若は奥で侍女たちみな大切におもりを致そう」
と時子に言われて、これは何かあると汐戸は佑子のうしろにそのまま控える。
「じつは今日参られたを幸い、典子の縁談については、かねて冷泉家北の方のお知恵を借りたいとこの母は思うて今日を待ちかねて居りました」
「まあ、この身の智恵などと仰せられてもなんのお役に立ちましょう」
佑子は、はにかんでしまう。
「いえ、いえ、あの幾つになってもやんちゃ・・・・な典子が、数ある姉の中でも・・・汐戸もそれはよう知っておろうの」
「はい、もう対屋におわす頃より祐姫様をお慕いで、おなつきになりました」
汐戸は誇るかのように証明する。
「じつは世尊寺殿からの典子の婿むこがねのお話しじゃが、なにしろ年齢としの釣り合いは桁外けたはずれで、なんとまあ三十四のちがいよ」
汐戸は驚かされて言葉のなかったが、佑子はしずかに言う。
「いまは昔、大納言藤原国経卿はよわい八十に及ばれて、美しき北の方わずかに廿はたちでおわしたと物語に伝えられます」
佑子が言うのは、この頃世に出た「今昔物語」によるのであったろう。
まあ、上には上があるものと、時子も汐戸も呆れるが、佑子はさらに言葉を続けた。
「その北の方は心つたなく時平ときひら大臣おとどに奪い取られましたが、この佑子ならば八十の翁の大納言にまめやかに仕えて、睦まじく花鳥風月を共に愉しもうと思いまする」
祐姫ならその貞節さもあろうと汐戸はうなずいたが、典子の縁談には異を唱えた。
「いっそ八十歳の翁ともなられたら、さぞすがすがしいことと思われますが、五十近くの年齢の殿御はまだ男のが抜けず、女にすれ世にすれて、とかく油断がならぬと申しますが・・・」
「じゃが世尊寺殿は、人物はもごとな方と申されるがの。阿紗伎はそれならよかろうと言うておるのよ」
時子の言葉に、佑子が、
「父君はいかに思召されるでございましょう」
父清盛より七つ下の婿がねである。
「入道さまは、男の子のことは父が計ろう、姫たちについては母の思案によれと仰せられる」
が、さすが賢母の時子もその思考力が行き詰まった表情だった。
「典さまにその御縁談をお話しなされましたか」
佑子が問うと時子はうなずいて、
「あの典子のことゆえ、三十四もちがう爺のところへ誰が行くかとさぞ怒るとは思いながらも、ともかくそのことを聞かせねばならぬと、修理大夫信隆卿について知る限りを弥五左たちに調べさせると、七条の邸も庭もみごとにて、その庭には鶴が群れなして飼われてあるとのことなど、典子にみな委しく話すと、まあどうであろう、大喜びでその鶴を飼う邸へ輿入れする、明日にも、と勇み立つではないか!」
時子が呆れて告げると、佑子は笑いを堪えて、
「典さまは鶴を婿君になさるおつもり」
「まあそのようなものであろうかの、されど典子の気が進むならと世尊寺殿に伝えると、さっそく信隆卿へそのむね通じられたところがの」
ここで時子の顔が曇った。
「なんとあちらは申されました」
汐戸までついに口を出した。
その時、いつのまにか奥から阿紗伎が帰って来て、佑子に、
「若さま、すやすやとおやすみ、乳人どのお付き、侍女もお控えいたして居ります」
と告げて座につくと、時子が言葉をかけた。
2020/12/18
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