~ ~ 『 寅 の 読 書 室  Part Ⅵ-Ⅱ』 ~ ~

 
== 『女 人 平 家 (下) 』 ==
著 者:古家 信子
発 行 所:朝日新聞社
 
還 る 都 (二)
十一月二十六日、安徳天皇と両院京都に還御、天皇は母后(徳子)と五条洞院の内裏に入御、福原以来幽閉は自然解消の法皇は法住寺殿に、御病体の上皇は六波羅の池殿(頼盛邸)にて御療養となった。
冷泉院隆房中将も六ヵ月ぶりで帰邸、二児と北の方を見るなり、
「いやはや、入道相国の御酔狂の都うつりと、またもや都返りでとんだめにおうたわ。昨日出立の福原からの道中は寒雨しきりとそそいで、泥土の道は馬のひづめもすべり危うく落馬するところだった。船路は寒風に吹きさらされて困難言葉にも尽くされぬありさまよ」
もう福原はこりごりと、岳父の清盛を怨む良人の言葉を“柳に風”と受け流して、
「して、その酔興な父や母も、摂政御夫妻(寛子)とあの典さまと若も今日共に帰られましたか」
「摂政御夫妻は我らと共に入洛、入道相国と二位殿(時子)はあとに数日残られるゆえ、七条家の母子まだとどまっていられる」
遷都の大望むなしく潰滅したわが父の無念さ、母の感慨、そして典子の胸中を佑子は思いやると切なかった。
湯呑をすまして旅の風雨にえた狩衣かりぎぬを北の方の用意した新しい直衣のうしに着更えた隆房は、久しぶりでわが邸の夕餉ゆうげに向い醰酒たむさけ瓶子へいしを数知れず飲み干し酔眼もうろうろとして、北の方の手を引き寄せて、
「おおなんと都うつりのおろかなことよ。おかげでこのような美しい北の方に一指も触れ得ず宝の持ちぐされなりしよ」
そう歎じて見せる隆房が、さりとて新都福原で禁欲生活を送れる人であろうか。住宅難で妻子をまだ伴えぬ男のみ多い新都では、その慰安設備に、高級は京よりの白拍子、そして村里の娘や後家までが金銭で徴用されたであろう。
「「いざ、今宵こそむなしく京に残した宝の持ちぐされを一挙に取り戻さねななるまいの・・・」
と北の方にしなだれかかる隆房の額は脂汗がぬらりと浮き出している。
佑子は次の間に控える汐戸や侍女たちにもはずかしく身を避けようとすると、隆房はその小袿を捕らえて離さず、
「もう空閨に悶えはさせぬぞよ ── こま錦紐解きけてるが如何あどせろとかも、あやにかなしき ── 女人の醍醐味を思いのままにお授けいたそうよ、ハハハ・・・」
佑子は身も世もない羞恥に消え入るように打ち伏した。「万葉」のこの一首は性の境地からさらに昇華する純粋な愛への憧れともそかしさを歎いた女人の深層心理だと佑子は解釈するのに、いま良人の口からされると淫靡いんび を帯びて堪えられぬ。
いまさらに良人と離れて暮らした日々、夜ごとの灯の下にひもといた「名媛詩帰」のかたわらに大江広元の面影と相対した“良人不在”の生活がなつかしく恋しかった。
── いま伊豆の流人の源氏再興の旗揚げに諸国の源氏いっせいに立つという平家の危機など、この隆房はなんの関心も持たぬように相変わらず酒色の歓楽を求める大宮人の享楽主義があさましくも情けなかった。
2021/01/17

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