~ ~ 『 寅 の 読 書 室  Part Ⅵ-Ⅱ』 ~ ~

 
== 『女 人 平 家 (下) 』 ==
著 者:古家 信子
発 行 所:朝日新聞社
 
還 る 都 (三)
三日遅れて二十九に日hに、清盛夫妻と典子母子も同行して、西八条からの近習や針女しんみょうもこぞって戻った。
冷泉北の方はその翌日、両親へ挨拶のために西八条へ向かう途上、七条邸へ牛車を立ち寄らせた。
半年ぶりの姉妹体面に胸せまってしばらく言葉もなかった・・・。
「たびたび福原よりのこまやかなお文うれしく繰り返し拝見いたしました」
「京より何かと美しき品々お送り戴き、京なつかしく裕さま恋しく、涙さしぐまれる思いにかきくれました」
そういう妹の顔が、見ぬ間にやつれたと姉はあわれを覚えた。無理もない新都造りの多難、源氏軍の蜂起・・・そうしたことの反響を父母の傍で身近に知った妹の並みならぬ月日であると。
「あの安良井はいかがいたしました」
さきからその姿が見えぬを佑子はいぶかしむ。
「かわいそうに、帰る船路の寒さに風邪を引いて伏せって居ります」
「おお、それは気の毒、汐戸早う見舞うてやるがよい」
はい、それではしばらく御免蒙ってあちらに ── なんという、うつけ者、せっかく京へ帰ったに、不用心で心に締りのないゆえ風邪などといらざるものを身につけて・・・」
母親らしい小言をつぶやいて去る。
そのあと火桶を間に姉妹は身を寄せて向かい合う。
「祐さま、わたくしたち姉妹、中宮さまは別格として、ほかはいずれも和歌、管弦の道こそ優れても弓矢の戦いは知らぬ公卿に輿入れせし身の口惜くちおしさ、かかる世となり源氏を討って平家を助けねばならぬ時に、なんのお役にも立たぬが悲しまれてなりませぬ」
典子はしみじみと歎く。この姉の良人も肩書はいかめしい中将とやらだが、朝廷儀式に胡籙やなぐいを負い弓を持つとも、実戦には役立たぬ装飾的武官である。
「そのお歎きはごもっともながら、平家には亡き小松殿(重盛)を初め宗盛兄上以下まことに数多き兄弟、それぞれの甥たちも一門揃ってみな武士となられるからには、姫たち姉妹は廷臣の公家へ嫁がせてと思召されたのでございましょう」
と言葉静かになだめる。
「ああ典子は平家の男の子に生れたかった! 弓矢にもすぐれ、戦略も学んで、かかる時こそ父上母上のたのもしき武勇の武者となって、生命を助けられし平家に弓引く頼頼朝の首をあげてお眼にかけたかった!」
典子は身もだえするのに、佑子はなだめる言葉に窮してしまう。
「亡き小松殿の嫡子あの右中将(維盛)など、法皇さま五十の御賀に“青海波せいかいは”を舞うて光源氏の再来などとおだてられたが身の災い、公達育ちの大弱虫、せっかく源氏追討軍を率いて赴き富士川でいざ合戦という前後、富士川の水鳥の飛び立つ音を源氏の夜襲と早合点して慌てふためいて、逃げだしたとは、なんという腰抜け武士、典子は声をあげて泣きたい!」
と、ほんとに双眸が濡れている。
2021/01/18

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