~ ~ 『 寅 の 読 書 室  Part Ⅵ-Ⅲ』 ~ ~

 
== 『 額 田 女 王 』 ==
著 者:井上 靖
発 行 所:㈱ 新 潮 社
 
白 い 雉 (3-02)
これまでにも、大海人皇子からは人を介していろいろな誘いを受けていたが、こんどが初めての招きらしい招きであった。どこでこっそり会おうというような求愛の誘いではなかった。
「当日、差し支えございませんでしたら、よろこんでお伺いしたいと存じます」
額田女王は言った。いままで大海人皇子の誘いという誘いはすべて断っていたが、今度のような場合は応じなければならなかった。相手は皇太子中大兄の弟であり、観梅の招きである以上、それをむげに断るのは非礼にわたることに思われた。それに満開の梅も見たかった。郷里大和やまとでは毎年梅の花を見て育って来たが、宮廷に仕えるようになってからは、梅の花を見るような機会には恵まれていない。観梅の宴が催されるような安穏な時代ではなかったし、第一、難波なにわの新都ではよほど郊外に行かぬ限り梅林などにはお目にかかれなかった。
「皇子さまもさぞお悦びでございましょう。当日、お輿こしを差し廻しましょう」
女は鄭重ていちょうに挨拶して帰って行った。そこにいかなるたくらみがあろうとは思われなかった。しかし、そうしたことがあってから間もなく、額田は四天王寺の梅林について人にたずねてみたが、誰もあの辺りに梅林などがあるということは聞いたことがないと言った。
「あの辺りから一里も二里も遠ざかればいざ知らず、いまは雑木という雑木も切り払われ、木材があちこちに積まれてある草ぼうぼうの工事場で、日暮どきから狐狸こりたぐいが出没するというもっぱらの噂でございます」
誰も同じようなことを言った。
「梅林もないのに、どうして観梅の宴が張れましょう」
そう言う者もあった。
額田女王は、併し、大海人皇子の観梅の宴なるものを信ずることにした。使者に立って来たあのような冷静なもの静かな女性が、ぬけぬけと真実まことしやかにありもしないことを言う筈はないと思った。
その梅園の宴を二、三日先に控えたある日、郷里大和から姉の鏡女王かがみのおおきみが都に上がって来た。鏡女王は何年か前から中大兄皇子なかのおおえのみこの愛をけており、そのことは極く一部の者の間だけに知られていた。
額田女王はこんど姉に会うまで、迂闊うかつな事ではあるが、そのことについて知らなかった。と言うのは、堅田は幼くして郷里の家を出て、宮中の祭事に関係ある額田郷の額田氏に引き取られて育っていた。そうした特殊な家で生い育ったので、いまは祭事に仕えることが出来るわけであったが、そうした生い立ちのために、姉の鏡女王の身辺については、何も知っていなかった。初めて鏡女王の口からそのことを知って、今更ながら姉の気品のある美しい顔に眼を遣った。幼い時から鏡女王は輝き出るような美貌びぼうを以て知られており、輝くような姉、におうような妹というような言葉で、姉妹は共にもてはやされたものであった。
それにしても、その輝くような姉の美しさは、いまはもっと別のものを加えていた。
誇り高いとでも言うのか、りんとした一種の気品が、額田にはまぶしかった。中大兄皇子の愛を享けていることが、姉をこのように美しくしたのであろうか。
額田は姉の口から、中大兄皇子と姉との間に交わされた歌を披露ひろうされた。
皇子みこさまから、このような歌をいただいたことがございます」
鏡女王は口に出して言った。
  いもが家も
  継ぎて見ましを
  大和なる
  大島の
  家もあらましを
あなたの家に度々訪ねて行きたいが、あまりにも遠いので、そうもならない。せめて同じ大和でも、大島のみねあたりに家があってくれたらと思う。なかなかいい愛の歌であった。はげしい恋情を直接でなく伝えているところは心憎いとでも言うほかない。
この中大兄に対して、鏡女王の返し歌は、
  秋山の
  の下かく
  く水の
  われこそさめ
  御思みおもひよりは
と言うのであった。秋山の樹の下がくれに流れて行く水がいよいよ水かさを増すように、わたくしのお慕い申す気持も次第に耐え難いものになっております。わたくしをお思いになって下さる御気持にくらべましても、このように言えるかなと存じます。
これもまた いかにも鏡女王らしい歌であった。つつましい表現の中に、烈しい恋情を打ちつけている。
「つい、こうしたことまで御披露に及んでしまいまして」
鏡女王は顔を深く伏せたままで言った。
2021/03/10
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