~ ~ 『 寅 の 読 書 室  Part Ⅵ-Ⅲ』 ~ ~

 
== 『 額 田 女 王 』 ==
著 者:井上 靖
発 行 所:㈱ 新 潮 社
 
兵 鼓 (2-04)
天智天皇がかむあがりましましたのは、月が変わって間もない十二月の三日であった。額田女王は、その前夜、何とも言えぬ悲しい夢を見た。天皇は枕もとにお立ちになり、ずいぶん長いことなんじに会っていないが、ついに別れの言葉もかけず、旅に出なければならぬ、ただそのようなことを仰せになった。天皇の姿が消えると同時に、額田は床の上に起き上がった。そしてすぐ衣服を改め、暁方あけがたになるのを待った。額田が生涯で持った最も悲しく苦しい時間であった。前々からこの時のあるのは覚悟していたが、いざその時になってみると、身をどのように処していいのかわからなかった。額田は死を考えていた。死以外に自分の取るべき態度はないと思った。
朝になると、果たして悲しいしらせが朝臣の一人によって伝えられて来た。妃たち、皇子、皇女たち、それから重臣たちが次々に悲しみの漂っている部屋に吸い込まれて行った。額田もまたそんぽ部屋の一隅に坐った。
妃たちは、誰も彼も、涙にれた面を伏せていた。時々、思い出した宵ように低い嗚咽おえつが、おちこちから聞こえた。額田は夕べからずっと死の思いに取りつかれていたが、その重いから離れることが出来たのは、それぞれ身も世もないほどの悲しみに包まれている妃たちの姿を見たからであった。妃たちの悲歎ひたんにくれている見ていると、その人たちをさしおいて、自分だけが天皇のお供をしていいものであろうかといった、そういう思いにとらわれた。これはこれで、死を考えるよりももっと悲しい思いであった。
それから何日か、悲しい事ばかりが続いた。みささぎ山科やましなの鏡山の地に定められ、十二日、そこに天皇の霊は眠った。大葬の執り行われた夜、妃たちは、天皇の居られなくなった妙にがらんとした感じの王宮の一室に集まった。何日か打ち続いた仏事や神事のために、誰も彼も疲れ果てていたが、その疲れた妃たちを、新しい悲しみが包んでいた。この席で天皇の靈にささげる挽歌ばんかの発表があった。
先に皇后の御歌が、役人の一人によってみあげられた。
青旗あをはた
木幡こばたの上を
かよふとは
目には見れども
ただに合はぬかも
山科やましなの木幡の地のあたりを、大君の霊はあまがけていらっしゃる。そのお姿はいまありありとこうしている私の眼に見えるけれど、直接お逢いすることが出来ないとは、何と悲しいことでしょう。
この歌が詠み上げられると同時に、到るところから嗚咽する声が起こった。
次にもう一首、皇后の御歌が披露された。
人はよし
思ひむとも
玉鬘たまかづら
影に見えつつ
忘らえぬかも
他のかたは思い休まることがありましょうとも、私の場合は、その面影が眼に浮かんでは消え浮かんでは消え、どうしても忘れることが出来ないのです。
これもまた、新しい悲しさで一座を満たした。更に続いて、もう一首、皇后の歌が詠みあげられた
いさなとり 近江の海を
けて ぎ来る船
附きて 漕ぎ来る船
沖つかい いたくなはねそ
へつ櫂 いたくなはねそ
岩草の つまの 思うふ鳥立つ
ああ、近江の海で、沖の方を漕いで来る船よ。岸近くを漕いで来る船よ。沖の船は沖の船で、岸近い船は岸近い船で、共に漕ぐ櫂でひどく水をはねないで下さい。亡き夫天皇がお好きだった鳥が飛び立ってしまいますから。
額田は深く頭を垂れたまま、皇后倭姫王の歌に込められた悲しみの情に打たれていた。余人が企てて及ばぬみごとな歌であった。
2021/07/02
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