~ ~ 『 寅 の 読 書 室  Part Ⅵ-Ⅳ』 ~ ~

 
== 『 人 間 の 証 明 』 ==
著 者:森村 誠一
発 行 所:㈱ 新 潮 社
 
エトランジェの死 (1-06)
この中で最もマークされるのは、アメリカ人である。次に日本人が来る。だがそれ以外の国の人間も無視出来ない。どこでどのいな動機がからんでいるかわからないのである。
これらの人々は一夜、ロイヤルホテルの屋根の下で眠ると、八方に散っていた。すでに帰国した者もある。
これをいちいち追及することは、不可能であった。
ともかく消息の明らかな者だけでも追ってみようと、この膨大な人種の海の中へ漕ぎ出そうとした矢先、耳よりな情報がもたらされた。そrを持って来たのは、「佐々木タクシー」という個人タクシーの運転手である。彼は、
「自分がロイヤルホテルの前まで運んだ客が、エレベーターの中で死んでいた男のようだ」
と申し立てた。
「新聞もテレビもあまり見ないもんですから、つい届け出るのが遅くなってしまって。今日カーラジオのニュースを聴いていると、たまたまそのことを奉じていましてね、どうもその人の特徴が、私の運んだ客に似ていました」
佐々木の申し立てた特徴は、ほぼジョニー・ヘイワードに符号していた。捜査陣は、がぜん気負い立ってその客をどこで拾ったかたずねた。
「九月十七日の夜八時半ごろ弁慶橋べんけいばしから清水谷しみずだに公園の方へ流していますと、街路樹にすがりつくようにしてその客がヌーと立っていたのです。手を挙げられたので停めると、黒人だったので、しまったと思ったのですが、いえ、乗車拒否するつもりじゃなくて、言葉がわからないもんですから、とにかくドアを開けると、転げ込むように乗って来て、黙って指で前の方を指すんです。まあ外人には、そういう7人が多いので、指示された通りに走らせると、ロイヤルホテルの建物が見えて、それを指すので、そこまで連れて行ったのです。今から考えると、変な客でしたね」
「どんなふうに変だったのかのかね?」
那須が聞いた。
「どこk患っているように、ひどく苦しそうでしたね、あの時もう刺されていたんですかね。次の朝、車を掃除すると、シートに少し血がこぼれていました。拭いていた布にほんの少々付く程度だったし、それにあの客が付けたものかどうかその時はわからなかったのです。もっとひどい汚し方をする客がいるので、その時は、気にもとめませんでした」
「あなたの車に乗っている間、その客は、全然、話しをしなかったのかね?」
「ええ、全然しませんでした。こっちもどうせ言葉がわからないと思ったし、なんとなく陰気な客だったので話しかけませんでした」
「ホテルへ行けと指した時も、金を払う時も、一言も話さなかったのか?」
「ホテルの玄関へ着くと、千円札一枚放り出して、釣も受け取らずに降りてしまいました。こちらもいい加減気味悪くなっていたので、追いかけませんでした。一言も、いや待って下さいよ。ロイヤルホテルが見えた時、ちょっと変なことを言ったな」
「変なこと、どんなことを言ったんだ?」
ようやく引っかかったかすかな反応に、那須は身を乗り出した。
「それが、ホテルの建物を指あしてストウハストウハと言ったんです」
「ストウハ?」
「はい、最初はストップと言われたのかもと思って慌てて車を停めると、しきりに行けと手真似しながら、ストウハと言いました」
「たしかにストウハと言ったんだね」
「私の耳にはそのように聞こえました」
佐々木から引き出せたのは、それだけであった。那須は『ストウハ』という単語を英和辞典で探してみたが、該当する言葉を見つけられなかった。佐々木の車をしらべた鑑識係は後部シートから微量ながら、被害者の血液型と同型の血痕けっこんを検出した。これで、」被害者は、佐々木の車によってロイヤルホテルへ運ばれたことが、ほぼ確定した。すると、犯行現場は、被害者が佐々木の車を拾ったという清水谷公園の公算が大である。
2021/07/12
Next