~ ~ 『 寅 の 読 書 室  Part Ⅵ-Ⅳ』 ~ ~

 
== 『 人 間 の 証 明 』 ==
著 者:森村 誠一
発 行 所:㈱ 新 潮 社
 
謎 の キ イ ワ ー ド (2-05)
被害者の現住所ではさっぱりラチがあかないので、役所の戸籍から身寄りを探した。
旅券発給局から、ジョニー・ヘイワードに発行された旅券の調査も行われていた。日本への渡航目的は観光、ニザもその目的で取得している。
ニューヨーク市民の出生、死亡、婚姻届を一括管理している市中央登録センターを当たり、ジョニー・ヘイワードは、1950年10月ニューヨーク東139ストリートで出生となっている。
ジョニーの父、ウィルシャー・ヘイワードは、アメリカ陸軍兵士として太平洋戦争に出征し、1949年9月復員して除隊、同年12月テレサ・ノーウッド結婚、翌年10月にジョニーが生まれている。その後1958年10月、妻のテレサが病死した。
以上が、ジョニー・ヘイワードの戸籍関係である。ジョニーの身寄りは、すべて死んでいた。
ニューヨーク市警では、以上の調査結果を、日本へ送った。市警はこれで自分たちの責任は果したと思っていた。あとは属地法に基づいて、日本の警察がうまくやってくれるだろう。日本の警察の優秀なことは、こちらにも聞こえている。黒人一人が異国で死んだところで、こちらは痛くも痒くもない。
ケン・シュフタンも、彼に被害者の身寄り探しを命じた二十五分署の上司も、「終わったこと」として忘れていた。ところがまた日本から再度調査の依頼がもたらされた。
「犯人の手がかりがまったくなし。ついては被害者の住所地を洗い、犯人を推定または特定させる参考資料があればご送付あるいはご連絡う」
という依頼がICPOインターポールを経由して二十五分署に伝えられた。
「「日本の警察は、しつこいな」
ケンは仲間と話し合った。
「アメリカ人がやられたので、日本の面子めんつがかかってるんだろう」
「まさか有難迷惑とも言えんからな」
「とにかくアメリカ市民が殺されたんだ」
「トウキョウなんて、いやな所で死にやがったもんだな」
ケンは、少し前日本人がニューヨークで強盗に殺された事件を思い出した。あの時は幸いにも目撃者が居たので、犯人をスピード逮捕出来た。
東京警視庁がその返礼のつもりで躍起に捜査しているとすれば、まことに有難迷惑と言わざるを得ない。
「ご苦労だが、もう一度やつのヤサを当たってみてくれ」
上司は気の毒気に言った。123ストリートはケンのなわばりテリトリーなので結局彼が動く羽目になる。
「何かないか探せといわれても、何も残ってませんぜ。がらくたベッドと椅子と、空っぽの冷蔵庫、探したくとも、探しようがありませんよ」
「がらくたをもう一度いじくってみてくれ。それから、日本へ行く前に訪問客/rb>ビジターが来たか、ジョニーの職場や立ち回り先もいちおう聞き込みをかけて、どんな連中と付き合っていたか調べてくれ」
本来ならば、日本から最初の連絡があった時点で行うべき捜査であった。それを日本で殺されたのだから、日本の警察がやっれくれるだろうと、怠慢を決め込んでいた。それに、毎日凶悪犯罪が続発するニューヨークでは、他国で死んだ人間の面倒まで見きれなかった。
ケンは、重い腰を上げてまた123ストリートへ出かけた。だが、前回の調べ以上のものは何も出なかった。訪問客はなく、生前の立ち回り先に聞き込みをしても、怪しい人間は浮かび上がらなかった。
今度はケンがサボタージュしたわけではない。日本警察の熱意に応/rb>こたえるために、熱心に嗅/rb>ぎ回ったのだが、何も出て来なかったのである。
徒労感に打ちのめされて、ケンが上司に捜査の収穫がなかったことを報告しようとした時、忘れていたことを思い出した。
それはマリオの言った言葉である。
「日本のキスミーに行く」とジョニーは出発直前にマリオに言ったそうである。
「キスミー」とは何かと問うと、彼女は、
「日本人か土地の名前だろう」と答えたのだ。
これは重大な手がかりである。こんな重要なデータを忘れていたのは、やはり心の底に、怠慢があった証拠だろう。ケンは直ちに上司に報告した。
「キスミー」という謎のキーワードは、直ちに日本の警察庁へ送られた。
2021/08/06
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