~ ~ 『 寅 の 読 書 室  Part Ⅵ-Ⅳ』 ~ ~

 
== 『 人 間 の 証 明 』 ==
著 者:森村 誠一
発 行 所:㈱ 新 潮 社
 
過去をつなぐ橋 (2-02)
棟居は昂奮のあまり無意識の中に身体が震えていた。
詩はさらにつづいている。
── 母さん、あれは好きな帽子でしたよ。
   僕はあのとき、ずいぶんくやしかった、
   だけど、いきなり風が吹いてきたもんだから。
── 母さん、あのとき向ふから若い薬売りが来ましたつけね。
   紺の脚絆きゃはん手甲てっこうをした。──
   そして拾はうとしてずいぶん骨折ってくれましたつけね。
   だけどたうたうだめだった
   なにしろ深い谿たにで、それに草が背丈ぐらゐ伸びていたんですもの。
── 母さん、ほんとにあの帽子どうなったでせう?
   そのときそばで咲いている車百合くるまゆりの花は、
   もうとうに枯れちゃったでせうね、
   そして、秋には、灰色の霧があの丘をきめ
   あの帽子の下で毎晩きりぎりすがいたかも知れませんよ。
── 母さん、そしてきつと今頃は ──
   今夜あたりは、あの谿間に、静かに雪が降りつもってゐるでせう。
   昔、つやつや光った、あの伊太利イタリー麦の帽子と、
   その裏に僕が書いたY・Sといふ頭文字を埋めるやうに、静かに、寂しく ──  
棟居は、このかなり長い詩を何度も繰り返して読んだ。最初の昂奮が鎮まると、ついに橋を見つけた喜びがいて来た。詩から受ける感動が、その喜びを増幅した。
詩には無関心だった棟居であったが、夏の渓谷に旅した母子の、麦わら帽子に託した情感が、しみじみと心に迫った。
幼い頃母に捨てられた棟居だけに、母との過ぎし日の旅を懐かしむ作者の心情が胸を打った。おそらく作者がこの詩を作った時は、母親とすでに死別したか、あるいは別れて暮らしていたのであろう。麦わら帽子は、その母親に買ってもらったものなのだろうか。
棟居は、したたるような緑の迫る涼しい夏の渓谷のみちを手をつないで旅している母子づれをまぶたに描いた。母親はまだ若く美しく、子供は幼い。盛夏白昼の渓谷は、あくまでも静かで、すがすがしい。
棟居も、その渓谷へ行ってみたくなった。
── 霧積温泉とは、どの辺にあるのか? 碓氷うすいというからには、群馬と長野の県境の近くか ──
何気なく未知の山峡の温泉を想像した棟居は、ある相似に思い当たって、思わず息を呑んだ。
「キリヅミとは!」
ジョニー・ヘイワードは、日本の「キスミー」へ行くと言い残して旅発ったのだ。キスミーとキリヅミ、そこに表音上の相似が感じられる。
キスミーと聞き取ったのは、アメリカ人である。キリヅミと言ったのをそのように誤って聞いたのかも知れない。
「麦わら帽子と霧積」
いずれもジョニーに深いつながりをもつと考えられる二つの項目が、『西条八十詩集』の中に在ったのだ。棟居は、自分の発見を捜査会議に提出すべく立ち上がった。
棟居の発見は、捜査本部を興奮させた。「麦わら帽子:については異論はなかったが、「キスミー」を「キリヅミ」の聞き違えとするのは、無理ではないかという意見が出た。
「私は、無理ではないと思います。その前にも、個人タクシーの運転手が、ジョニー・ヘイワードのストロー・ハットと言ったのを『ストウハ』と聞き違えています。どちらもrの音を脱落して聞いています。これはヘイワードがr音を特に弱く発音するくせがあったのではないかと思います」
発見者として棟居は主張した。だが、だれも生前のジョニーの発音を聞いていない。
ニューヨークの下町には、江戸っ子のべらんめえ調に相当する独特の方言ダイアレクト抑揚イントネーションがあるという。r音を省略するような言いまわしがあるのかも知れなかった。
だが、生憎あいにく、捜査本部には英語に強い者がいない。特に標準英語ともかなりおもむきを異にしているブルックリン米語の独特な言いまわしとんると、完全にお手上げであった。
「ここで素人考えで憶測おくそくしていてもしかたがない。専門家に聞いてみよう」
那須警部補が最も手っと取り早く妥当な調停意見を出した。
2021/08/31
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