久しぶりに肌を合せた二人は燃えた。
「これが大学生と女学生の二人の子供を持つ四十八歳の母親とは、とても信じられないな」
陽平は、燃え尽きた後の快い弛緩の中で、久しぶりに堪能たんのうした妻の、桜色に火照ほてった裸身を目で愉たのしみながら言った。多年の夫婦の間に含羞がんしゅうはうすれたが、経験に裏打ちされた余裕と呼吸がある。それが熟練した夫婦の自信をつくる。
奔放に開いた裸身を夫の目から隠そうとしないのも、厚顔無恥になったというより、その自信によるものであった。それは、成熟に達した女のまだ十分夫を惹ひきつけられる魅力を意識している自信である。彼女の社会的な力も、それに与あずかっていた。
「年齢としのことをあまり言わないで、気にしてるんだから」
「君が年を気にするなんておかしいよ。君なら、どんな若い女にも負けない。いや、熟れて、女の最も美味うまい時期にさしかかっている」
「いったい、どこの女と比べているの、いやらしいわ! いまさらこんなお婆ちゃんにそんなおせじを言ってもだめよ。もしあなたが、そんなに気に入っているのだったら、どうしてもっと頻繁ひんぱんに訪問してくれないのよ?」
恭子が怨えんずると、
「訪問しても、留守のことが多いじゃないか。まさか外でこの美しい体を、若い男に盗み食いさせているんじゃなかろうな」
と陽平が切り返した。
「あなたとはちがうわ。私の今の仕事も、あなたのお仕事にずいぶん役立っているつもりよ。そんなこと言われたら悲しいわ」
「わかっている。だから俺もこんな変則な夫婦生活に我慢しているんだ。俺が愛しているのは、君しかいない。たとえ今は別居結婚のような夫婦でも、俺にとっては君はただ一人の妻であり、最高の女性だよ」
「お世辞とわかっていても、そう言われると嬉うれしいわね。私にとっても、あなたはただ一人の男であり、最高の男性よ」
「そんあにもち上げられると、年甲斐としがいもなくまたもよおしてくるぞ」
「何度でももよおして、望むところだわ。私たち夫婦なのよ」
妻と睦むつみ合う年齢を意識して陽平は、ふと二人の子供のことを思った。
「陽子は、自分の部屋に居るようだけど、このところ、恭平が家に寄り付かないで困ってしまうわ」
「君がマンションなんか買ってやるからいけないのだ」
「あら、恭平もいつまでも子供ではないのだから独立した気分を味あわせてやうのもいいだろうとおっしゃって、オーケーしたのは、あなたじゃないの」
「そうだったかな」
「困るわ、父親としてそんな無責任では」
「べつに無責任のつもりはないがね、俺のはあの年頃の若者がさっぱりわからない。世代の違いだの、親子の断絶だのと言う前に何かこう別の宇宙から来た生物のような気がするんだな」
「そんなおっしゃり方しないで。わが家には親子の断絶なんてないのですから」
「そうだったな。あの子たちは君の商売道具だ」
「商売道具だなんて、ひどい言い方、あの子たち聞いたら怒るわよ」
「ちがうかね。まあ人間でも、道具でもいいから、あまり放任しないほうがいい。あの子たちは天下の陽平と八杉恭子の長男と長女なのだ。常に親の名前と地位にふさわしい振る舞いを要求される」
「それはあの子たちも十分わかっていますわ」
「とにかく子供たちは君に任せる。手綱をちゃんと押さえていてくれよ」
夫婦の会話は、そこで途絶えた。間もなく陽平の健康そうな寝息が聞こえて来た。今夜は久しぶりに妻の部屋に泊まるつもりらしい。
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2021/09/18 |
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