~ ~ 『 寅 の 読 書 室  Part Ⅵ-Ⅳ』 ~ ~

 
== 『 人 間 の 証 明 』 ==
著 者:森村 誠一
発 行 所:㈱ 新 潮 社
 
道具の叛逆 (4-04)
さすが名門「フェリス」の卒業生だけあって、リスト上の名前は、いずれも上流家庭の子弟ばかりであった。親の職業も実業家や医者、弁護士、作家、一流芸能人などが圧倒的に多い。
四十三名中、女子が二十六名、その中三十一名がセント・フェリス大学へエスカレーター式に進学していた。
とりあえずこの四十三名が容疑者である。四十三名の中の一人が、熊を誰かにやったことも考えられる。だが、フェリスの卒業生の多くが一生のお守りのようにして、手許てもととどめておくという話しからも、所有者即犯人の可能性が高い。
いずれにしても、無数の人間の海の中から四十三名の対象を絞り出せたのは飛躍的な進展であった。新見には、それが文枝の霊が導いてくれたように思えてならなかった。
「しかし、これからが大変ですよ。一人一人たずねまわって、直接相手に熊を持っているかどうか聞くわけにはいきませんからね」
新見は、小山田に言った。たとえ求める犯人にぶつかったところで、とぼけられてしまえばそれまでである。捜査権を持たない彼らに対してそんなことを答える義務もない。
「どうしたらいいでしょうか?」
いま小山田の頼る人間は新見しか居なかった。四十三人に対象を絞ったところで、最後の一人を割り出す方法がなければ、結局同じであった。
「四十三人の車を密かに洗ってみますか。人間との接触事故を起こしていれば、必ず車が損傷しているはずです」
「警察に頼むのですか」
「もちろん、熊の所有者については、我々の発見を警察に伝えます。しかし、現場から、接触事故を予想させるなんの資料も発見されなかった後ですから、警察がどれだけ動いてくれるか、はなはだ疑問ですね。考えてみれば、この熊と、車を結び付けるものはなにもないのです」
「でも、血痕けっこんが付いています」
「それだって、はたして交通事故によって付着した血かどうかわかりません。私たちの推測によるだけです。血液型にしても、血痕が少量のために、限られた型の判別しか出来ず、奥さんの血液型と特定したわけではありません。奥さん以外にも、同じ血液型の所有者がいる可能性があります」
「それでは結局、犯人を絞り出せないということですね」
ここまで来て、小山田は絶望を確かめたような気がした。
「我々には熊がついていますよ。犯人のマスコットが、逆に我々のお守りになってくれているのです。熊が現場に落ちていた事実や、その使い古した状況から判断して、犯人はいつも持ち運んでいたと考えられます。ですから、四十三人の周辺に聞き込みをして、最近まで熊を身近に置いていて、それを失った人間を探し出せばよいわけです」
「しかし四十三人の、そ0のまた周辺ですからね、大変ですよ」
「私には秘密兵器があります」
「秘密兵器?」
「お忘れですか、あなたが私を追跡して来たルートを」
「・・・・」
「東都企業の森戸もりとですよ」
「ああ」
「彼には独特の嗅覚きゅうかくがあるのです。私は彼をセールスマンにしておくのは惜しいと思っているのですが、彼に依頼すれば探り出すかも知れません」
「彼がそんな調べを引き受けてくれますか」
「私が頼めば、必ず引き受けるはずです。実はここだけの話しですが、森戸は私が企業情報の蒐集しゅうしゅうに密かに使っている男なのですよ。見返りに彼の扱っている情報管理機器を大量に仕入れてやっています。あの男なら、この調べは打ってつけです」
新見には、自信がありそうだった。
2021/09/26
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