~ ~ 『 寅 の 読 書 室  Part Ⅵ-Ⅳ』 ~ ~

 
== 『 人 間 の 証 明 』 ==
著 者:森村 誠一
発 行 所:㈱ 新 潮 社
 
巨大な獄舎 (2-01)
森戸は、釈放されると、依頼人の新見に報告に行った。
「えらい目にあったらしいな」
新見は言った。
「すっかりヘマをしてしまいました」
森戸は頭をかいて、
「警察が誰に頼まれて、こんな泥棒みたいな真似をしたか、しつこく追及されましたが、部長の名前は隠し通しましたよ」
と言った。
「まあ、俺の名前が出ても、どうということはないがね。警察から小山田さんの方に問い合わせがいって、うまく口裏を合わせてくれたそうだ」
「つい写真を撮るのに夢中になってとっつかまってしまいました。しかし、証拠はつかみましたよ。その車には、たしかに何かにぶつけたあとがありました」
「しかし、その写真を取り上げられちゃったんだろう」
「捕まる前に、これはフィルムを取り上げられるなと思ったので、最初に撮った一本を体の中に隠しておいたんですよ」
「なに、フィルムを持って来たのか」
「それが怪我の功名と言うんですかね。最初に詰めてあったフィルムがコマ数の残りの少ないやつで、すぐになくなってしまったのです。そいつを隠し持って来たんですよ。警察も、まさか二本撮ったとは思わなかったらしく、カメラに詰めてあったやつを引き抜いただけでした」
「それを見せてくれ」
「ここに現象焼き付けして持って来ています」
森戸は、手柄顔で数コマのフィルムとキャビネ判程度に引き伸ばした写真を差し出した。
新見は一枚一枚の写真を丹念に見た。
「いかがですか?」
見終わった頃を見はからって、森戸がたずねた。
「たしかに車体がへこんでいるな」
「でしょう。き逃げの有力な証拠ですよ」
「情況証拠にはなるだろう」
「といいますと?」
森戸は、せっかくの大手柄に対して内心期待していた新見の賞讃がないので不服顔であった。
「この車体のへこみは人間にぶつかって出来たとは限らない。うむを言わせぬ証拠とはならないま」
「しかし、その写真を取るだけで精一杯だったんですよ」
「君は、十分よくやったよ。これ以上のことを君に求めるちもりはない」
新見は初めてねぎらい顔に言った。いずれ相応の反対給付は必ずすると、その表情が語っていた。森戸は初めて危険を冒しただけはあったと思った。
2021/10/25
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