~ ~ 『 寅 の 読 書 室  Part Ⅵ-Ⅴ』 ~ ~

 
== 『 叛 乱 』 (上) ==
著 者:立野 信之
発 行 所:㈱ぺりかん社
 
第一章 他の者を救おうとすれば自からその中に飛び込め
第一章 (4-02)
佐々木や武藤らは、一番後輩の佐藤が誰よりも一番積極的に質問した紙やことに対して、びっくりしている様子だったが、それだけに佐藤は自分が特殊任務を帯びて行動した第一日が、案外成功だったと思い、愉快でならなかった。その愉快さを誰かに話したくてたまらなかったが、しかし佐藤は尊敬する辻中隊長から任務をさずかっているのだとの思いに、心を固く引き締めていた。
次の外出日は、十一月三日の祭日だった。西田税から毎日曜日に来るようにと言われていたが、佐藤は陸大の村中大尉に面接したかったので、村中宅に毎日曜日に出入りしている武藤に頼んで、一緒に出かけた。
村中の家は、磯部よりももっと粗末な家だった。
一同の話はすぐ国家改造問題に入った。
佐藤は、磯部と面会した際に積極的質問でやや成功の味をしめたので、この日も村中に対して出した。
「青年将校側の具体的な実行計画を聞かせていただきませんか・・・と言いますのは、われわれ士官候補生は、われわれだけででも、この臨時会議中に直接行動を決行する決意を持っているんです・・・ですから・・・」
第六十六臨時会議は、十一月十八日に開かれる。あと一週間の日限しかない性急な話しである。
村中大尉は、ひろい額越しに、チラッと佐藤を見やったが、すぐ視線をそらした。彼の色白な顔には、ちょと迷惑そうな、困惑したような影がさした。
それを見て、武藤候補生が佐藤をたしなめた。
「そんなことを軽々しくここで言うべきことではない、士官候補生だけで決行することはまだはっきり決まったことじゃないんだから」
佐藤は、武藤を振り向いて、
「しかしオレは決意についてだけ、言ったんだ・・・決意を持っているぐらいは、言ってっていいだろう?」
「いや、それを行き過ぎだと言うんだ」
「そうか」
佐藤は不服そうに口をつぐんだ。
実際、佐藤は不服だった。武藤が横槍を入れなければ、話しはスムースに運んだかもしれないのである。だのに、武藤の奴が横槍を入れたもんだから、話しの腰が折れ、気まずくなった。そしてあとは、話しがあまり弾まなくなった。
その日は村中大尉からは、軍人としてのごく一般的な角度から、国家改造の必要があることを聞かされただけで、佐藤らは帰校した。
この日から、辻中隊長は週番司令であった。学校の中隊長室に一週間起居するのである。
佐藤は帰校するとすぐ中隊長室に赴き、前二回の偵察状況を辻に報告した。
佐藤のその報告だけでは、別段耳新しい事柄は何もなかった。辻が一番知りたいと思う直接行動の時期と方法とが、まだ不明だった。
「よし」辻はきっぱりした口調で言った。「もう少し的確な材料を掴むまで偵察を続けて居れ」
「ハイ、続けます佐藤候補生、帰ります」
一礼して扉の方へ行きかけると、
「明日は日曜だな・・・」と辻の声が追いかけて来た。「明日は害術外出するだろう・・・どこへ行くか」
「別にまだ、どこへ行くとも決めて居りません。これから武藤候補生と連絡して決めます」
佐藤は、扉の前に立ち止まって答えた。
「いや、別にどこへ行け、というわけではないんだが・・・」
辻は何やら言いにくそうにしていたが、すぐ佐藤を見据えて、
「お前は、この頃日曜外出しても、家へ ── お母さんの所へ、寄らんようだな」
「ハイ」佐藤は突然母のことが持ち出されて、ドギマギした。「中隊長殿は、どうしてそれを御存じでありますか」
実際、佐藤はこのところ何回か日曜外出しても、中野の家へは立ち寄らなかった。母親と姉が待ちわびている姿が眼にチラつくのだが、それよりも大きな事が、彼の身も心も捕えていたのだ。
2021/11/23
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