~ ~ 『 寅 の 読 書 室  Part Ⅵ-Ⅴ』 ~ ~

 
== 『 叛 乱 』 (上) ==
著 者:立野 信之
発 行 所:㈱ぺりかん社
 
第一章 他の者を救おうとすれば自からその中に飛び込め
第一章 (6-01)
はじめ警戒しているような素振りを見せた村中大尉は、二度目、三度目と会見するうちに、すっかり打ち解けて、何でも話すようになった。もっとも後輩の生徒たちの、矢継ぎ早な質問攻めにあって、無理やり引きずり出された形ではあったが。
村中大尉が二回にわたって話したところを総合すると ──村中ら青年将校は、候補生たちが想像した通り、現陸相の林大将を首班に荒木、真崎両大将を両翼にした、いわゆる維新内閣の出現をつよく希望しているのだった。そして維新内閣の縮減を待って、その維新政策に反対する分子を国体擁護の立場から直接行動に訴えることがもとも理想的だが、国家の状況がやむを得ない場合は、維新政府の出現を待つことなくやる、と言うのだった。だが、話を重ねているうちに、維新政府の出現を「待つことなくやる」── やらなければ、維新政府は出現しないという風に重点の置き方が違って来た。
「それでは、その実行計画の内容を示して下さい」と佐藤はせめ寄った。「自分らは士官学校を代表して来たんです。計画を示してもらわなければ、自分らは青年将校を信用いたしません。自分らは、士官候補生同士だけで、軽機三挺をもって、臨時議会開会中に議会を襲撃する予定でいます・・・・青年将校は、ふたたび五・一五事件の時のように、われわれを見殺しにするんですか」
「まあ、待て。はやまるな」村中は色白な顔を紅潮させて、「青年将校は、決して貴様らを見殺しにはしないから、あまりガタガタするな・・・実行計画は、ちゃんと用意してあるんだ・・・・」
そう言って村中大尉が語り出した実行計画は、こうだった。
五・一五とほぼ同様な方法をもって、元老、重臣警視庁を襲撃し、クーデターを決行する。
その日程は、第一次 ── 斎藤実、牧野仲顕、岡田啓介、鈴木貫太郎、西園寺公望、警視庁。
第二次 ── 一木喜徳郎、高橋是清、清浦多喜男、湯浅倉平、財部彪、幣原喜重郎。(第一次目標襲撃後、首相官邸に集合し、更に第二次目標に向かう)
使用兵力は、歩兵第一、三連帯より各二個中隊。近衛歩兵第二、三連帯より各一個中隊。歩兵第十八連帯及び戦車第二連帯から若干名。陸軍士官学校生徒若干名は別に編成する。
指揮者は村中幸次(陸大)と磯部浅一(砲一)。主なる参加者は大蔵栄一(戸山学校)、栗原安秀(戦車二)、佐藤竜雄(歩一)、村田光行(歩一)、安藤輝三(歩三)、飯淵幸男(近歩三)、間瀬淳二(歩一八)、の他に、村田が二個中隊をもって斎藤邸を襲撃し、(歩三)の安藤、大蔵が二個中隊をもって牧野邸、(近歩二)の村田が一個中隊で後藤邸、(近歩三)の飯淵が磯部と共に一個中隊で首相邸、(歩一八)の間瀬が兵力不祥で興津の西園寺邸・・・(戦車二)の栗原は、戦車十台を出動させて、三台を首相邸、七台を警視庁に差し向ける・・・・。
そうしますと、自分らは、どういう風に待機したらいいのでしょうか」
武藤候補生がはじめて知った計画に興奮し、瞳を熱っぽくかがやかして言った。
「それは、だな・・・」村中は、いまはまったく指導者らしい態度をみせなから、「それは士官学校予科の片岡中尉を中心に、貴様らの精神的結束を堅くする。要すれば力においても、士官候補生だけでも立てる如くに同士を獲得することにつとめるんだ」
村中大尉は、かしこまって聞いていおる一人々々を純繰りに見廻して、言葉をつづけた。
「貴様らは、簡単に立つ、立つというが ── それは貴様らにも考えがある事だろうが ── いざとという場合、どうして学校を脱出するかが問題だよ。学校を出てしまえば、弦をはなれた矢のようなもんだから、どうにでもなるが、それまでがむずかしい」
「あらかじめ、学校脱出計画を立てておく必要がありますね」
誰かがお伺いをたてたが、村中はそれには何とも答えなかった。
「軍刀を用意しておく必要がありますね」
佐藤がつづいて言うと、村中は振り向いて、
「やる時は、銃剣だっていいさ」
と突く真似をした。
「しかしやるなら日本刀の方がいいな」
佐藤も釣り込まれた、袈裟がけに切る真似をした。すると佐藤の胸には、真実それをやる時の緊迫感から来る一種壮快な気分がふつふつあと湧いた。── 佐藤は、自分もクーデターに参加するような錯覚に陥ったのだ。
2021/11/25
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