~ ~ 『 寅 の 読 書 室  Part Ⅵ-Ⅴ』 ~ ~

 
== 『 叛 乱 』 (上) ==
著 者:立野 信之
発 行 所:㈱ぺりかん社
 
第一章 他の者を救おうとすれば自からその中に飛び込め
第一章 (6-02)
それでは今後青年将校側との連絡を緊密にしなけらばならないが、それをどうするか、という話が、みんなの間で持ち上がった。
「自分が連絡係になります」
と武藤が買って出た。
すると、村中がそれをさえ切って、
「特に貴様だけが来るということにせずに、毎日曜日に、誰か一人ずつでも連絡に来る、ということにしたら、どうだ」
村中は憲兵の眼を考慮している風だった。
「そうですね・・・・では、そうします」
武藤は自説をひっこめた。
「秘密下宿をつくったらどうでしょう?」
佐藤が聞いた。
「秘密下宿を作った方が都合がいいなら、作ってもいいだろう」
村中はそう応じた。
その辺で、五人の候補生は、引きあげることになった。
みんな一様に「今日は収穫があった」といったような緊張した面持ちで、靴を履いた。
佐藤は一たん皆と一緒に外へ出たが、ふち村中中尉が話の途中で、「現在青年将校は、それ自体の結束において波があるのでまだ出来ないが、その方は一、二週間もしたら、まとまりがつく」と言ったのを思い出し、急いで玄関に引き返した。── 一、二週間というと、一体いつになるのだろう?
玄関口には、送って出た村中中尉が、たたずんでいた。
「そうしますと・・・」
佐藤は村中の言葉を頭において、
「この臨時会議中には、やりませんね?」
「事実上、やれんだろう」
村中は、このちょこまかする士官候補生に、そっけなく答えた。
「そうしますと・・・来年三月ですね?」
佐藤は重ねて聞いた。
「それは何とも言えんね・・・・オレ等の方針としては、なるべくクーデターによらないで維新内閣をつくる・・・・ということが、原則だからな」
「「でも、それは原則論としてでしょう・・・ただ自分らの方は時期を決定していただかないと同士獲得の遅速のほどを決定することは出来ませんから・・・大体、来年三月までの間と考えていいわけですね」
「ま、そういう所だろうな」
村中は、面倒くさそうに答えた。
翌日、佐藤は村中中尉から得た材料を、簿記にして辻大尉に提示し、そのうえ口頭で補足的な報告をした。辻は聞き終わると、報告書を手の中へ丸めるようにして、
「ご苦労だった」
と言ったが、何やら浮かない顔で、
「お前は、今日以後、このことから手を引け・・・これからはオレが引き受けてやる」
ちょと間を置いて、辻はまた言った。
「急にお前が黙って手を引くのも、具合が悪いだろうから、みんなには、こう言うんだな・・・昨日、村中中尉の家を出る時、憲兵に見られたらしい。中隊長から、近歩一の候補生が村中大尉の家から出たという憲兵隊の通知があったが、お前だろう、と言われた。mぴ憲兵に探知されて、外部の青年将校の方からバレてきたから、調べられたら、これまでのことは全部言ってしまった方がいいだろう・・・そうでもいうよりほかに、もう手がない・・・そう言うんだな・・・」
「分かりました」
佐藤は、その足で隣りの中隊に武藤らをたずねて、そっくりその通りの言葉を伝えた。
「ええッ、憲兵にみつかったって・・・ちっとも気がつかなかったな・・・!?」
四人は顔を見合わせて、青ざめ、表情を硬直こうちょくさせた。
2021/11/27
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