~ ~ 『 寅 の 読 書 室  Part Ⅵ-Ⅴ』 ~ ~

 
== 『 叛 乱 』 (上) ==
著 者:立野 信之
発 行 所:㈱ぺりかん社
 
第二章 朧気おぼろげなる事を仮初かりそめうべないて
第二章 (2-02)
取調べは、五日間で終わった。
最後の日は、佐藤は次木候補生と一緒だった。
松村法務官から「これで一応取調べは終了した」と聞かされると、佐藤は入所以来ずっと胸の底にしこりとなっていたものを吐き出して、尋ねた。
「法務官殿に伺います・・・自分の嫌疑は何でありますか」
すると松村法務官は、ちょと戸惑ったような顔をしたが、すぐ優しくいたわるような視線を向けて、
「叛乱謀議です」
叛乱謀議 ── 佐藤は呼吸を詰めて、ぐっと法務官を見返した。
「証人じゃ、ないんですか」
「そうじゃありません」
法務官は気の毒そうに横を向いた。
「では、自分の行動の何がそれに該当するんですか」
「さあ」法務官は身を引くような様子をして、「そりゃちょっと、此処では言えませんね」
そして法務官は、まあ、そう理屈は言わずに、今日はこれでお帰りなさい、裁きはいずれもあとで公平にやってくれるでしょう ── そんな態度を示した。
佐藤は、黙って引き退がるよりほかなかった。
だが、叛乱謀議 ── 自分は、いつ叛乱を謀議したろう? 叛乱計画に参加しようとしている無謀な連中を助けようとして、その「仲間」のような行動をしただけではないか・・・それがどうして叛乱謀議なのだ?
佐藤の心の中には、それがまた固いしこりとなって居坐った。
── どうでも勝手にしやがれ!
学校や学校の同期生から、金や食物の差入れが来る。その間には、師団参謀長から洋菓子の差入があった。何やら周囲から好遇され、激励されているような具合だった。
一体、何を激励されているのか。
予審の取調べが一応終了してから五日目の夕方だった。
「面会です」
看守に呼出された房を出た。佐々木と荒川候補生が一緒である。
三人が面会室へ行くと、面会人は島田法務部長だった。風采のあがらない、小使みたいな男だが、法務官らしく眼だけは鋭くギョロついている。佐藤は別な人を期待していただけにがっかりした。それに刑務所に入れられる直前に、この男の高圧的な取調べを受けていたので、その不快感がいそいで胸にかけのぼった。
「お前らがどうして居るかと思って・・・様子を見に来た」
法務委部長は、そんなことをぼやいた。
二言三言、雑談を交わした後に、
「何か希望はないか」
とたずねた。
佐々木は「剣道をやらせて貰いたい」と言い、佐藤は、「筆記具と紙が欲しい」と言った。荒川は黙っていた。
法務部長は一々肯いたにち、佐藤に向かって徐に言った。
「候補生、お前は何故ここに居るか・・・知っとるか」
「ハイ、法務官殿から伺いました」
佐藤がそう答えると、法務部長は満足気に肯いて、
「お前だけ外に居て、他の者が中に入っていると、さぞお前が辛かろうと思って、入れてやったんだ。今後も、どこまでも一緒にやらすから、そのつもりで居れ」
最後は蔽いかぶせるような威嚇になった。
佐藤は思わず拳を握りしめた。
── こいつだ・・・この狸が、軍部の上層部のある方面と連絡を取って、法を左右しやがるんだ・・・狸爺め! ここに居ろというんなら、いつまでも居てやる・・・有難い仕合せだ。
2021/12/05
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