7

~ ~ 『 寅 の 読 書 室  Part Ⅵ-Ⅴ』 ~ ~

 
== 『 叛 乱 』 (上) ==
著 者:立野 信之
発 行 所:㈱ぺりかん社
 
第二章 朧気おぼろげなる事を仮初かりそめうべないて
第二章 (3-04)
佐藤候補生が他の四人の候補生と一緒に刑務所から釈放されたのは、それから六日後だった。松村法務官が一人一人を監房から呼出して、「責付」で釈放する旨を申し渡した。
一番最後に、佐藤が呼ばれた。
「責付になりましたから、今日これから学校へ帰ってもらいますが・・・もう何も言うことはありませんね?」
「ハイ、ありません」と言ってから、佐藤はたずねた。「しかし自分に対する嫌疑は晴れたのでありますか」
すると松村法務官は視線を反らすようにして、
「さあ、何ともお答え出来ませんね・・・しかし、あなたの気持だけは分かったつもりです」
至極曖昧な答えだった。
佐藤は出された書類に黙って署名し、拇印を押した。
それがすむと、士官候補生は打ち揃って看守に誘導されて、一室に入れられた。そこには梅干しのような顔をした島田法務部長が坐っていた。
島田は一同を見廻して、訓辞した。
「検察官が、お前たちを責付と決定したので、今日釈放する・・・ここを出ても、十分行動をつつしんで、事件の内容を話したり、また策動したりしてはいけない」
それから法務部長は佐藤に向かって言った。
「佐藤。お前は何かオレが、嫌疑もないのに無理にお前をブチ込んだようなことを言うとるが、以ての外だ! 物好きや道楽でやっとるんじゃない。オレがちょと冗談を言うと本気にしやがって・・・お前が事件の張本人だ。お前は偵察のために「仲間』に入ったと弁解しとるが、それは弁解で・・・事実か、どうか、分らん!」
法務部長の官職を笠に着て、将官ともあろう者が、一士官学校生徒に向かって私情をさらけ出している!
佐藤はキラキラ光る眼で梅干部長をじっとみつまたまま、一言も発しなかった。若い身体一杯に反抗心をみなぎらせていた。
2021/12/08
Next