~ ~ 『 寅 の 読 書 室  Part Ⅵ-Ⅴ』 ~ ~

 
== 『 叛 乱 』 (上) ==
著 者:立野 信之
発 行 所:㈱ぺりかん社
 
第六章 何事か起るなら何も言ってくれるな
第六章 (6-01)
安藤が考え込んでいる ── という噂は、連隊の若い連中が相沢公判とは別に近々何か事を起しそうだという噂と共に、間もなく西田税の耳にも伝わった。最初、西田に若い連中がやりそうだとい情報をもたらしたのは、歩一の山口大尉であった。彼は、栗原から週番交替を頼まれた事実を話して、高飛車に言った。
「どうもオレの週番中にやりそうなんだが・・・オレにはもう栗原の押さえが利かん。このままだと、勝手にやらせておくよりほかないが、それでもいいか」
山口は士官学校では、西田の先輩であった。
「そりゃ、いかん」と西田はあわてて言った。「それじゃ、ともかく栗原を僕に所へよこして下さい」
栗原は、以前は三日にあげず西田家へ来ていた。その栗原がこのところバッタリ姿を見せなくなったのは、そのためだったのかと、西田はようやく気が付いたのだった。
翌日、来るだろうと思っていた栗原は、とうとう姿を見せず、西田は一日待呆けを喰わされた。すると、その翌日の午後になって、山口大尉から電話がかかって来た。
「栗原に伝言したが、行く必要はない、と言ってるので、依頼だけは果したが、どうにもならん・・・オレはもう知らんぞ」
例によって高飛車な物言いである。だが西田は、そのまますてて置くわけには行かなかったので、
「そんなら、栗原君に、電話口へ出てもらって下さ」と頼んだ。
暫く待っていると、栗原が電話へ出た。
西田が、話したいことがあるから、来ないかと言うと、栗原は、
「行く必要なないと思う・・・別に話はありません」
突放すような言い方をした。
「君の方には話はなくとも、こちらに話がある・・・一度来てくれ」
西田も強くそう言い放して、電話を切った。
夕方、栗原は西田邸にやって来た。
「最近、さかんに君達は飛び廻っているようだが・・・一体、どういうんだ?」
西田は昼間の電話のこともあるので、いきなりそう高飛車に頭から浴びせた。
すると栗原は外ッ方をむくような様子をして、
「あなたには関係はないですよ」と言った。「あなたにはあなたの役割というものがあろうし、自分達には自分達の役目があるんですから、話す必要はありません・・・公判の進行と維新の運動とは、別だ、と思います。あなたには何も迷惑はかけないつもりです・・・私達は、満州へ行く前に、是非目的を達したいと思っています。自分達の都合から言えば、今月中が一番いい・・・公判々々というが、公判にそう期待がかけられますか」
話す必要はないと言いながら、結局喋ってしまった。
西田は栗原をじっと見返して、
「満州へ行くから、やらなければならん、という考えは間違っている」と決めつけた。「公判とは別だ、と言うことは、あるいはその通りかも知れんが、それかと言って、公判を放りぱなしにしたり、別だと言って、そういうことにのぼせたりして軽挙妄動することは、持っての外だ。いまは、そういう君らの考えのようなことをする時期ではない、まして、今月中になどということは、いいかん。引ッ込みがつかなくなるじゃないか」
西田はじゅんじゅんと説いた。
「飛び廻って見ても、案外人は動かないし、動いたように見えても、表面一時的であって、実は余儀なくそういう風な態度をとる者が多いのであって、結局イザという時には役に立たんものだ。こういうことは、世の中の社会情勢の進展が自ら決するものだ・・・殊に君は、平素大ぴらんに色んなことを言動する癖があるから、かえって引ッ込みがついかなくなる、と共に、最初からつまらん災いを、自分が受けるのが落ちだ。よくよく考え直してもらいたい・・・また、僕に迷惑をかけんというが、僕個人としては、そんなことは問題ではないけれども、最近の情勢では、君らが何かすれば、一般はすぐ僕らの関係を想像するから、結局は同じことだ」
2022/02/18
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